北海道書店ナビ

第274回 MARUZEN&ジュンク堂書店 札幌店 石丸 敬太さん


5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ


Vol.49 MARUZEN&ジュンク堂書店 札幌店 石丸 敬太さん

担当の人文コーナーの前で。フルコースとは別に「これもおすすめです!『ピアノを弾く哲学者』」。



[本日のフルコース]
ピアノを弾いたことがないあなたに捧げる
「弾き手と観客をつなぐピアノ本」フルコース

[2016.5.23]


書店ナビ 以前、雑誌担当者として書店ナビの取材にご協力いただいた石丸さん。そのときに「趣味はクラシック鑑賞」とうかがっていたので今回のテーマを見ても納得です。
しかも5冊全部がピアニストに特化したフルコースとはすごい! ハマッたきっかけは何ですか?
石丸 18歳のときに観た伝記映画、ピアニストのデイヴィッド・ヘルフゴットの半生を描いた『シャイン』(1996年・オーストラリア)がきっかけです。
ヘルフゴット本人が演奏した超難関曲、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を聴いて、「なんだこれは!」と頭がぶん殴られたような衝撃を受けました。
以来ピアノの音から離れられなくなり、”聴き専門”になりました。
あ、でも「クラシックは苦手…」という方もご安心ください、僕も高校まではハードロックやヘビメタ好き。ピアノを弾いたことがない僕でも楽しく読めた5冊をご紹介します。

[本日のフルコース]
ピアノを弾いたことがないあなたに捧げる
「弾き手と観客をつなぐピアノ本」フルコース



前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

パリ左岸のピアノ工房
T.E.カーハート  新潮社

“パリのアメリカ人”である著者が大人になってから再びピアノを始めようと思い立ち、パリ左岸のピアノ工房の扉をノックする。実はその工房は古今東西の名器が集まり、再生されていく奇跡のような場所だった…。

書店ナビ パリを舞台にした小説のようなお話ですが、ノンフィクションなんですね。
石丸 大人になって始める趣味って、道具とかウエアとか外側から入ることが多いですよね。この著者も「まずは自分のピアノを買おう」と思い立つところから始まり、頑固なピアノ職人リュックの工房に通うようになってから、じきに先生を見つけて…と“ピアノレッスン”が進んでいきます。
著者のカーハートさんが出会う人たちはほぼ全員、一筋縄ではいかない変わり者ぞろい。だって、“ピアノを肩に担いで螺旋階段を上れる大男”なんて到底信じられないですよね!でも、実際にはいるらしい。
大人の習い事は普段会わないような人たちとつながることで面白さや広がりが生まれてくる。そのことを教えてくれる本でもあります。


スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ピアニストが語る! 現代の世界的ピアニストたちとの対話
焦元溥  アルファベータ
台湾を拠点に活動している音楽ジャーナリストが14人の世界的なピアニストに長時間インタビュー。音楽との出会いやピアノ教師、ロシア・ピアニズム、国際コンクールの内幕、亡命、共産主義と商業主義などについて縦横無尽に語り尽くす。

石丸 僕にとって本書は「知りたかったこと」のオンパレード! “ピアニストたちが何を考えて弾いているのか”という大きな問いに幾分近づけた気がします。
特に印象的だったのは、弾き手が楽譜を理解するには当時の音楽事情だけでなく、絵画や文芸といった芸術全体への理解が必要不可欠だということ。
例えば19世紀の前期ロマン派を代表するショパンを理解するには、バルザックやドラクロワについても知らなければならない。広くて深い知識が必要です。
僕はどの本も気になったページに付箋を貼る派で、わが家にある本書は付箋だらけ。こういう時間も手間もかかる企画に取り組んだ著者がいることにも驚きました。
実際には55人のピアニストにインタビューしており、さらに15人についてまとめた『ピアニストが語る! 』第2巻も出ています。


魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

チャールズ・ローゼン 演奏家と聴き手のために
焦元溥  みすず書房

著名なコンサート・ピアニストであり西洋音楽史と文学に詳しい理論家が、ピアノの特性や和音、指の長短、演奏会の咳、椅子の高さまで、深い洞察とウィットでつづった発見が満載。

書店ナビ 2009年に出版された当時、著者は80歳。「ここにはピアノ演奏の苦しみと歓びが、演奏家、定年でピアノを始めた人、CDでもっぱら聴く人、みんなのために書かれている」と絶賛された音楽エッセイ集です。
石丸 まさにその書評どおりで、専門的なことも書かれているのにすらすら読める”みんなのため”の一冊です。
僕自身は楽譜が読めませんが、プロの弾き手によるとどうやら楽譜とは”全てが書いていない不完全な記号”で、その作曲家が書いた不完全な記号に対して音のイメージをどう膨らませていくかが弾き手の個性であり、解釈になる。
書店ナビ取材班A ひょっとしてサッカーの国際試合とかの前に歌う国歌斉唱みたいなものですか。「あ、このアーチストはここで息を吸うんだ」とか。
石丸 そうです、そうです。その弾き手の解釈をこちらはまっすぐ受け止めているつもりなんですが、長年にわたってしかも膨大な楽曲数を聴き続けていると、ふと「自分の評価が正しいのか、それとも自分自身に知識が足りないからこう思うのか」の狭間で揺れることがある。
そうした不安を、本書のような弾き手による本がかき消してくれます。

「レコード収集?ダメダメ。手を出したら破産する(笑)。近づかないと決めてます」





肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

ロシアピアニズム
佐藤泰一  ヤングトゥリー・プレス

著者は北海道出身の音楽評論家。ラフマニノフやシロティ、リヒテルなど数数の偉大なピアニストを生み出した《ロシア・ピアノ楽派》の徹底解説本。

石丸 細かいことを省いてお話しますと、日本画にも狩野派や琳派があるようにピアノの楽派にもいくつかの系譜が存在すると言われています。そのうちのもっとも重要な楽派のひとつが、19世紀に生まれた「ロシア・ピアニズム」です。
重量奏法に代表される独特の技術など、後世のピアニストに与えた影響ははかりしれず、先ほどご紹介した《スープ本》の中でも多くのピアニストもロシア・ピアニズムについて語っています。
書店ナビ ロシア・ピアニズムを学んだピアニストは世界各国にいるんですね。
石丸 ええ、国籍に関係なく。いまは昔ほど出自と楽派が直結しているわけではなく、むしろフランス人でもロシア人でも、その演奏から強烈な”お国柄”を感じる弾き手が少なくなったように感じます。ちょっとさみしいですね。



デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

のだめカンタービレ(1)
二ノ宮知子  講談社

“不思議ちゃん”の天然&天才音大生のだめがオケの仲間とともに成長していく青春コメディ。上野樹里と玉木宏の主演でドラマ・映画化が大ヒット! 多くのクラシック&ピアノファンを増やし、一大ムーヴメントを引き起こした。

石丸 最後は《デザート本》なので気軽に読めるコミックを。カミさんが買ってたのを読み始めたらハマりました。
他の音楽コミックだと「楽器の持ち方が違う」とか「やっぱりメジャーな曲しか取り上げない」とか言いたいことがたくさん出てきますが、『のだめ』はその点、きちんと”オタク”(笑)。いい意味でこちらの予想を裏切り、マニア心をくすぐってくれます。全25巻です。
書店ナビ 石丸さんの奥さんも楽器を弾かれるんですか?
石丸 ベースを弾いてました。HIATUSとか重めのを。いまは苦もなくクラシックを聴いてくれてます。


ごちそうさまトーク 夢は名匠ソコロフの生演奏


書店ナビ いまも毎日、注目の新譜や埋もれた名盤を探してネットの海を泳ぎ続ける石丸さん。持っているCDの枚数を数えたことはありますか?
石丸 多分3800枚くらい。全然持っていないほうだと思います。 気に入ったアルバムはiPhoneに入れて持ち歩いています。
一番好きなピアニストは1950年生まれのロシア人、グレゴリー・ソコロフ。技術的に世界一と言われている人なんですが、飛行機嫌いでめったにヨーロッパから出ない。無理だと思いますが、いつかナマで聴いてみたいです。
書店ナビ もしかすると石丸さんご本人がピアノを弾く方だったらこういう5冊は選ばなかったのかもしれませんね。
つねに”遠い存在”だからこそ弾き手のことがもっと知りたくなる、その手助けをしてくれるピアノ本フルコース、ごちそうさまでした!


石丸敬太(いしまる・けいた)さん
書店員歴14年・MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店勤務8年目。雑誌担当が長く続いたが、今年から人文担当に移動。映画『シャイン』以来ピアノファンになり、毎日のネットサーフィンは欠かさない。二児の父。










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