長谷川さんは各地のビールイベントやZINE即売会などでも自分が関わった本を販売。7/9(日)の文学フリマ札幌にも「お-8」ブースで出店する。
[2023.7.3]
書店ナビ:ビールがひときわ美味しい季節です。関東在住で執筆、編集、英日翻訳を手がける長谷川小二郎さんにフルコースを作っていただきました。
長谷川さんは大学を卒業後、出版業界に進み、出版社や新聞社勤務を経て現在は特に「ビールに関する情報を届けるプロ」としてご活躍です。
シニアビアジャッジとして国際的かつ上位のビール審査会に審査員として参加したり、ビールと料理の合わせ方に関する2つの講座やベルギービールに関する講座の講師を務めたりしています。
ビールに関する書籍の執筆や英日翻訳も手がけ、仲間と一緒に『ビールの放課後』というZINEも発行されています。 ビールの勉強を始めるきっかけは、なんだったんでしょうか。
7/9(日)開催の「文学フリマ札幌2023」は書店ナビライターとのコラボ出店。会場は札幌コンベンションセンターで、ブースは「おー8」。「『ビールの放課後、本のフルコース』でお待ちしています!」
長谷川:初めはただ好きだから飲んでいただけですが、じきにもっと詳しくなりたいと思うようになり、入門的な資格であるビアテイスター・セミナーを受講したのが始まりです。
その上位資格に当たるビアジャッジを取った2008年当時は、資格保持者がまだ少なくて、「資格保持者はなるべく審査会に参加してもらわないと困る」という雰囲気がありました。
今は国内審査会で必要な審査員数に対して資格保持者の人数が多く、選ばれるのは簡単なことではないでしょう。
英日翻訳の仕事をするようになった基礎は、もともと塾講師のアルバイトで英語を教えていたことや、知人の英会話教室の運営を手伝っていた経験があり、2013年から記事1本単位から依頼を受けるようになりました。
ちょうど同じ年から日本のインターナショナルビアカップというビール審査会の公用語が英語になったこともあり、勉強のし直しをあまりしなくていい程度に英語に触れられる環境が都度現れてきたという感じです。 ビールも英語も「教える」ことで実は一番自分自身の勉強になっていると感じます。
最近は本よりも動画で勉強したい人が増えているかもしれませんが、今回は北海道書店ナビさんの読者の方々に向けて、ビールを文字で楽しんでもらえる5冊を用意しました。
長谷川:私は伊勢角屋麦酒は日本を代表するクラフトビールブランドだと思っていて、その理由は3つあります。
まず、世界最大のビール審査会「ワールドビアカップ」や最も古い歴史を持つ英国の「インターナショナルブルーイングアワーズ」をはじめ国際的な名だたる大会での「受賞歴」がすごい。これはそのまま品質の高さを表しています。
次が、適度な流通量に支えられた「入手性」の高さです。JR東日本の売店をはじめ、コンビニやスーパーで買えたり、都内に公式飲食店が3店舗もあったり、いつでもどこでも入手できるほどではありませんが、比較的入手しやすいブランドです。
そして3つめが定番もありつつ、限定の「脳がとろけるウルトラヘヴン 3xIPA」など実験的な銘柄を早いペースで出していること。
「クラフトビールといえば」と言われるIPAでも、派生スタイルの一つであるペールエールだけでなくさまざまなIPAを出していて、どれも高い評価を受けています。
これらの好条件が揃っているのはひとえに、この本の著者である鈴木さんが「製造がわかる経営者」だからだと思います。
ビールに限らず日本の製造業は概して、営業の力が強いのではないでしょうか。例えば、日本のビールメーカーのうち、少なくとも上から6番目まで、製造部門出身の社長はおらず、営業出身が多い。
ですが伊勢角屋麦酒は製造ありき。この本でもそのことが強調されています。ものづくり産業なんだから、製造が重視されていいでしょう。
どんなに広い販路が用意されていても、まずはものが良くなければ。そのことがよくわかる一冊です。
書店ナビ:SNSのプロフィールに合格した級を記している人をよく見かけます。
長谷川:もし「ビールについて一冊だけ」と言われたら私はこの本を勧めます。ビールの歴史から分類、製造法、各国の事情やあまり知られていない事実も含めて、ありとあらゆることがバランスよくまとまっていて、「ビールのことを理解する」という本来の目的が叶います。
このテキストは偶数年に一度改訂されるので、現在ビールビジネスに関わっているプロの方が読んでも「知らなかった!」と思うことが必ず載っているはず。「どうせわかる」と思ってたかをくくっていると、進歩が止まってしまいます。プロにこそ読んでもらいたいテキストです。
書店ナビ:門外漢の私は名前を見て「えっ!」と驚きましたが、もちろん同姓同名の違う方。ですがあちらのマイケルにも通じるくらい高名な書き手さんなんですね。
長谷川:今「ビアスタイル」と言われる分類法の大元を作った草分け的な人物です。日本を含め世界各地でその国・その土地でしか流通していなかったようなビールを飲み、それに地名を冠したスタイル名をつけて世界に知らしめた。
故人ですが、ビール普及の筋道を立てた功績はとてつもなく大きいと思います。
書店ナビ:同じ書き手として長谷川さんが特に感銘を受けているところはどこですか。
長谷川:マイケル・ジャクソンはとにかく「ほめる」のがうまいんです。安易にけなさずに、解釈する力が大きい。
例えば、米国のとある醸造所で作られたバナナの香りがする銘柄がありました。その銘柄のスタイルを正しく作るとそういう香りはしないので、それを「バナナビール」と揶揄する声もありましたが、マイケル・ジャクソンはそこで「これはベルギービールのようだ」とほめるんです。
そのマイケルの記事を読んだ作り手たちは「さすがマイケル、僕たちの意図をわかってくれた!」と喜びます。でも実のところ、それは本人たちの見栄で、本当のところは作り手たちが意図していなかった解釈にハッとする。 自分たちの力不足に気づいて、そこから醸造学について権威と呼ばれる研究者に本格的に学びに行きます。
その後彼らの品質は格段に向上し、最終的には世界最大のビール会社に買収されるまでになる。ビジネス的に大成功をおさめるわけです。
もしマイケルが他の連中と同じように「バナナビールだ」とけなしていたら、こうはならなかった。マイケルの一言が彼らを前向きな方向に行動させたわけです。
書店ナビ:ジャンルを問わず、書き手は襟を正して聞くお話ですね。
長谷川:「態度」ですよね。ビールに対する人間性がすばらしい。そういうところも含めて「神」と呼んでいい人です。
長谷川:日本語の副題は「地域を変えた米国の小さな地ビール起業」ですが、原題は”How a Band of Microbrewers Is Transforming the World’s Favorite Drink”。
日本語の解釈とはちょっとニュアンスが違っていて、ブルックリン個別の歩みだけでなく、米国全体のクラフトビール史がわかる内容です。
見どころは本書の第5章に「生き残るには小さなままでいること」と書いてありますが、2023年現在のブルックリンは全然小さくないところ(笑)。
日本ではキリンと合弁会社を作り、キリンがブルックリンのライセンスを取得して生産しているので、日本で飲むブルックリンはもはや「クラフトビール」とは言い難い。
資本主義経済の中で極めてまっとうな方法でサクセス街道を歩むブルックリン。日本でも追随する動きはありますし、彼らの企業としての舵取りに注目すると本書の面白さもさらに増すと思います。
書店ナビ:2023年、北海道北広島市に誕生した新球場「エスコンフィールド北海道」でしか飲めないビールブランド「そらとしば」も作っているメーカーです。
長谷川:この本を最後に持ってきた理由は、《前菜》のイセカドの鈴木さんが「製造」に重きを置いているとしたら、こちらの井手さんは「販売」重視。無論どちらもそれだけ、ということではありませんが、出身部門が異なる経営者という意味で〈対〉になる関係です。
ヤッホーブルーイングは現在、日本におけるブルックリン同様、キリンとの資本関係や委託醸造の関係を考えたら、すでにクラフトビールを卒業したメーカーとも言える。ともあれ、ECサイトを中心に経営を立て直し、誰もが気軽に飲めるよなよなエールになりました。
そしてもう一つ、ヤッホーブルーイングは、珍しい働き方でも知っている人がいるかもしれません。ニックネーム制とか、役職が「社長」「ユニット・ディレクター」「プレイヤー」の3つしかないフラットな組織体制を敷いているとか。
一般に「面白い会社」を自認する会社は、そうあるために実は細かいルールを多く定めていたり、「いつも面白くいようぜ!」と意識しすぎるというムリが見え隠れすることが多いように思います。
しかし、この会社は本当に自然体で楽しそうな人たちで構成されています。
一人のスターに依るのではなく、皆がいきいき。とても現代的な会社です。実際に社員の方に接してみても皆さん、ものすごく協調性が高い。私は絶対に入れない会社です(笑)。
書店ナビ:長谷川さんはビール専門のZINEも出版されています。ZINEづくりと他のメディアづくりでは意識の上で何か違いはありますか?
長谷川:ZINEづくりは自分にとって大事なビジネスコンテンツの一つとして続けています。ご存じのように少なくとも日本では、メディアにおいて広告の力が強すぎるため、作り手が出したい、かつ、読者が知りたい情報を基点にコンテンツを作る機会が少ない状況が続いてしまっています。
ZINEにはその状況を打破する可能性があるかもしれません。作りたいコンテンツを作りつつ、広告になるべく頼らずにどう販売展開をしてビジネスベースに乗せていくか、これまでの知見をすべて活用して取り組んでいます。
今回、文学フリマ札幌に書店ナビさんとコラボ出店しますが、文学フリマに出るのはこれが初。北海道の皆さん、ぜひ遊びにきてください。
書店ナビ:長谷川さんのお隣でオロオロしているのがイベント出店ビギナーの私になりますが、どうぞよろしくお願いします。北海道の夏がさらに美味しくなるビール本のフルコース、ごちそうさまでした!
埼玉県出身。編集、執筆、翻訳等ビール書籍7冊。WBC、GABF、AIBA、EBS、IBCなど上位国際審査会の審査員歴15年。6回連続びあけん1級を取得し、ビールに関する3本の資格講座の講師も務める。国内唯一の独立系ビール専門ZINE『ビールの放課後』発行人・編集長。手掛けた媒体は下記ECサイトで販売中!
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