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第318回 宮脇書店 旭川豊岡店 店長 宮下 佳奈さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.84 宮脇書店 旭川豊岡店 店長 宮下 佳奈さん

入社10年目の宮下店長。いままでにない切り口のフルコースを作ってくれた。


[本日のフルコース]
旭川の書店員さんが大事に読み続ける
「小さなお店から始まる物語」フルコース

[2017.4.3]



書店ナビ 今日は宮脇書店旭川豊岡店の宮下店長にお話をうかがいます。事前に送っていただいたフルコースの回答シートを見た瞬間、「こういう切り口があったのか!」とうれしくなりました。
「小さなお店から始まる物語」、すごくステキなテーマですね
宮下 自分の趣味で読むときは日常的な物語が好きで、気がついたら好みの本は商店街や個人店が舞台のものばかり。どれも「小さなお店」であることに気がついて、そのままフルコースのタイトルにしました。

[本日のフルコース]
旭川の書店員さんが大事に読み続ける
「小さなお店から始まる物語」フルコース


前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

かもめ食堂
群ようこ  幻冬舎

フィンランドで食堂経営に奮闘する日本人女性たちを描いたベストセラー。映画も話題となり、作品を彩る料理や北欧のライフスタイルに憧れた人も多いはず。




書店ナビ たからくじにあたったサチエさんが開いた「かもめ食堂」を舞台とする本作品、荻上直子監督が撮った映画は2006年に公開され、日本の女性たちの間で北欧ブームが起こる火付け役となりました。
主演の女優陣、小林聡美さん、片桐はいりさん、もたいまさこさんたちが実にハマっていましたね。
宮下 映画を先に見たんですが、食べ物やインテリアの描写がとても丁寧で引き込まれました。映画には映画の、文章には文章の面白さがあってどちらも楽しむことができると思います。
自分の食堂を、しかも海外で立ち上げるという非常に大きいことをしているのに、主人公はいつも肩に力が入りすぎていなくて、どこかゆるやか。そのギャップを心地よく感じます。




スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

たまさか人形堂物語
津原泰水  文藝春秋

いわくありげな人形の修復依頼が次々と舞い込む人形店。人情味あふれる下町の日常と、妖しくも美しい人形の世界が入り交じった不思議な世界観に魅了されます。







宮下 題名にひかれて手にとりました。主人公の澪は祖母の形見である人形店を継ぐことになり、人形の扱いについてはまったくの素人。そこを人形マニアの冨永くんと謎が多い職人の師村さんが毎回助けてくれる設定です。
第一話は依頼主そっくりの人形が持ち込まれて、人はなぜ人形をつくるのかという深いテーマも盛り込まれています。
書店ナビ 「いわくありげな修復依頼」ということは、ただの”乱暴に扱って壊れちゃった”とかではないんですね。
宮下 持ち主と人形の過去を探りながら”傷み”を治していく謎解きの楽しさがあるので、読後のスッキリも味わえます。



魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

東京バンドワゴン
小路幸也  集英社 

旭川出身の著者による、古本屋を営む大家族を描いた大人気シリーズ。とにかくキャラクターが魅力的で、しかも人数が多い! 1巻ごとにおよそ1年の時が流れていくので登場人物の変化や成長を見守るのも楽しみのひとつです。 




書店ナビ 2006年に1作目が出て以来、集英社さんに専用サイトが作られるほどの看板シリーズに成長した「東京バンドワゴン」。
個人的には「興味はあるけどまだ手をつけていない長編シリーズ」の1本で、聞けば登場人物の数がすごいことになっているそうですね…。
宮下 ええ、どんどんどんどん増えていってます(笑)。でも大丈夫。読み始めたら面白くて、たちまち夢中になれるはず。

「最初の頃はよくある人物紹介だったんですが徐々に相関図もつけられるようになり、最近では見開きでこんな感じです」。主人公の堀田家を取り巻く人たちが上下左右斜めに書き込まれている。

「こちらは4世代が暮らす堀田家の間取り図です」。4月には待望の新刊『ラブ・ミー・テンダー 東京バンドワゴン』が発売予定!



書店ナビ 宮下さんが東京バンドワゴンシリーズに感じる一番の魅力はなんですか?
宮下 家族のなかに異母兄弟がいたりして、あたたかいけれどキレイゴトだけではないところ、でしょうか。だから物語がリアルだし、キャラクターたちの気持ちの揺れや成長が自分ごとのように感じられる。
ちなみに私が一番好きな登場人物は次男の嫁で、古本屋の看板娘のすずみさん。おっとりしているけれど古本の知識が豊富で、代々続く店を支えています。




肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

喋々喃々
小川糸  ポプラ社

この本はいままでと少し趣を変えて、お店が舞台のラブストーリーです。アンティーク着物店「ひめまつ屋」を営む主人公が恋に落ちたのは、決して許されない相手。しかし不思議と重苦しさはなく、せつなくあたたかい気持ちになれる一冊です。



書店ナビ タイトルの聞き慣れないことば「喋々喃々(ちょうちょうなんなん)」は、男女がむつまじげに小声で語り合うさまのこと。恋愛につきものの甘いひとときを表す美しい日本語です。
宮下 あらすじだけを追うと不倫ものの一言になってしまうんですが、主人公が暮らす東京の下町、谷中の雰囲気や二人が訪れる地元の名店の描写にほっこりとして、気がつけば物語世界のファンになってしまいます。
最後も余韻を残すラストで、物語がいまもまだ続いているような感覚を与えてくれます。あまりうまく説明できないんですが、物語の雰囲気がどうにも好きで、《肉料理》にしました。

文中には日暮里や根津、湯島のおいしいお店が登場。栞と春一郎が過ごした時間を追体験できる地元マップ付き。





デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

西洋菓子店プティ・フール
千早茜  文藝春秋

《デザート》にぴったりの、お菓子屋さんを舞台にした物語。商店街で西洋菓子店を営むのは昔気質の菓子職人の祖父と、かつて有名店のパティシエだった孫娘。辛い記憶や苦い思い出を甘いお菓子がそっと包んでくれる、ほっと一息つきたい時に読みたい物語です。



宮下 全6話の連作で、ナレーターの視点が次々と変わっていく仕掛けが面白いですし、お菓子という一見キラキラしたものを扱いつつ、実は人間のめんどうくさい部分と向き合っている真摯な姿勢が大好きな作品です。
共感できるところが多く、肝心のお菓子を食べるシーンもたまりません。


ごちそうさまトーク 小さな店の愛しきワンパターン

書店ナビ 《前菜》から順に振り返ってみると、食堂、人形店、古本屋、アンティーク着物店、西洋菓子店。「小さな店」といっても幅広いラインナップでした。
宮下 やっぱり、”下町”率が高いですね。人形の修理だとか菓子店に買いに来るお客とか、どの話も決して世間を騒がせるような大事件が起きるわけではないんですが、いい意味でのワンパターンが愛おしくて安心する。それが「小さな店」の物語のいいところなのかもしれません。
書店ナビ ちょっと寅さんを思い出しますね。『東京バンドワゴン』今度こそ挑戦してみます。小さな店で起きる普通の人の物語フルコース、ごちそうさまでした!


●宮脇書店 旭川豊岡店

●宮下佳奈さん 
北海道当麻町出身。宮脇書店入社10年、旭川豊岡店に異動して4年目に突入する。今回のフルコース以外に好きな作家は長野まゆみ、町田康。












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