札幌在住のスタイリスト石切山祥子さん。2019年にユニバーサルデザインのドレスブランド「Campanella」を立ち上げた。
[2022.1.10]
「想像もしていなかったことが起きて、今もドキドキしています」
大きな全身鏡があるスタジオで今の率直な気持ちを語ってくれたのは、札幌を代表するスタイリストの石切山祥子さん。
『ホテルローヤル』で直木賞を受賞した桜木紫乃さんが文章を書き、「Kitaca」のエゾモモンガや北海道観光PRキャラクター「キュンちゃん」の絵でおなじみのイラストレーターそらさんが絵を手がけた新刊絵本『サチコさんのドレス』のモデルとなった人物だ。
札幌を拠点に活動歴は約30年。「バイト代のほとんどがファッションに消えた」学生時代を経て、当時20代の石切山さんは建設会社に事務職で勤めるかたわら、札幌の”撮影業界の母”と言われたスタイリスト小室哲子さんの私塾に入門。
「当時、趣味で撮っていた写真を勉強したくて問い合わせたんですが、遊びに行ってみてわかったのは、スタイリストは写真の被写体から作る仕事。”なんて楽しそう!やってみたい!”とすぐに入学金を払って2年間勉強させてもらいました」
師匠に言われたとおり、「スタイリストになりたい人」という名刺を作った後のエピソードが、まるでドラマのよう。
「ある店のカウンターでその名刺を披露していたら、たまたま隣に座っていた女性が広告制作会社の経営者の方で、まさかの初仕事のチャンスをいただきました。聞けば美容室の販促案件で、一般の方におすすめのヘアスタイルをご提案する冊子の洋服のスタイリングのお仕事でした。実際にやってみると、これがもう楽しくて楽しくて!絶対この仕事でやっていきたいと思うようになりました」
その熱意と持ち前のセンスは、師の小室さんもお見通しだったのではないか。教え子の中でも石切山さんには就職先を斡旋することなく、「一人で頑張りなさい」と背中を押した。「厳しくも素敵な先生でした(笑)」
そうして1998年に勤め先を辞めた石切山さんは、名刺から「なりたい人」を取って独り立ち。「スタイリストのサチコさん」が誕生する。
屋号の「SPUTNIK」(スプートニク)は旧ソ連による世界初の無人人工衛星の名称で、ロシア語で「旅の道連れ、仲間」の意味。「私一人じゃなくてスタイリスト仲間が集える場所を作りたかったんです」
新刊絵本は車椅子ユーザーのためのドレスに焦点が当たっているが、以前から「おしゃれの力で”みんな”を元気にしたい」思いは芽生えていた。
おしゃれ好きな友人の男性がバイク事故後、義足生活になったが、積極的に外に出て社会復帰に挑む姿を見ていたことや、テレビ番組で”奥様変身企画”に携わり、一般の人たちがスタイリング後に涙を流して喜ぶ姿を受け止めたこと……石切山さんの中にはおしゃれがもたらす魔法のような瞬間が蓄積されている。
老人福祉施設のひなまつりファッションショー企画を手伝ったとき、「私は着物なんて着たことがないから無理」と表情を固くした脊椎損傷の女性の言葉で初めて「車椅子の人は服を着るのも大変なんだ」と知った。
既存の車椅子用着物をベースにマジックテープを多用して彼女のための一着を作り上げた。
「それを見た瞬間に体を起こそうとした彼女から”着てみたい!”という気迫が伝わってきました」
こうした経験が積み重なり、6年前から車椅子ユーザーをモデルにしたファッションショーを始めた石切山さん。
当初はカジュアルなラインから始まったが、じきに自分で一着一着手を加えたフォーマルなドレスも提案。
「どこかのブランドが関心を持って新たなラインに加えてくれたら」と期待しつつ、2019年の夏にはユニバーサルデザインのドレスブランド「Campanella」(カンパネルラ)を立ち上げた。
2021年にはコロナ禍で時間ができたという市内の縫製工場やパタンナーの協力により、これまでの集大成ともいえる新作ドレスが完成した。
「着やすくて見た目も美しく、トイレも楽。機能性重視に陥らないよう細部にまでこだわりました」
【車椅子ドレス】車椅子でも簡単に着られるウエディングドレス ? 【CAMPANELLA】カンパネルラ ウエディングドレスのレンタル・製作販売 プロフェッショナルなフォトプラン
ドレスは上下のセパレートタイプ。絵本『サチコさんのドレス』でもわかりやすく描かれている。
スカートのウエストには着脱が簡単なスナップボタンを使用。くるりと巻いた上に前側だけもう一枚重ねてボリュームを出し、サイドはタイヤに巻き込まれないよう短くする配慮も徹底している。
トップスは上からかぶり、背中ではなく脇のジッパーで止める。
バックスタイルも美しく。体調に合わせて両肩のストラップで調整する。
トップスの丈を短めに調整してウエストを高くかつすっきり見せる。どこまでも「美しい座り姿」を追求した。
毎年手弁当で開催していたファッションショーも2021年は公益財団法人太陽財団の支援を受け、リモートで開催。生配信後に石切山さんの解説とモデル4人のインタビューを加えた動画を編集し、YouTubeにアップした。
Campanella 車椅子ドレスショー配信ライブ【アーカイブ映像】 – YouTube
この動画を見て心を動かされた人物が、北海道出身の直木賞作家・桜木紫乃さんだ。「この活動を絵本にしたい」と声をかけてきた。
「最初、桜木先生のいつもの冗談だと思ったんです(笑)。数日後に下書きが送られてきて、”本当なんだ!”と驚きました」
自身のスタイリングを石切山さんが担当した縁で車椅子ドレスの存在を知った桜木さんはその趣旨に賛同して、北海道新聞社を巻き込み絵本化を発案。
「『ラブレス』や『ホテルローヤル』のようないつもの桜木ワールドとは全然違う絵本を書いてくださるなんて”先生、本当にいいんですか?”と聞いたら、”何を言ってるの、これも私でしょ”とおっしゃってくださって」
そこからトントン拍子に話が進み、絵を誰に依頼するかという話になったときに石切山さんの脳裏には、こちらもまたテレビ番組の仕事で顔をあわせた人気イラストレーターのそらさんの優しい絵が浮かんだという。
「お忙しいそらちゃんなので、受けてくれるかどうかはもちろんわかりませんでしたが、桜木先生の下書きを読んで二つ返事で受けてくれたときは本当にうれしかったです。その2、3日後に今度はそらちゃんから下絵が届いてまたビックリ!本人曰く”先生の文章を読んでいたらどんどん絵が湧いてきた!”そうですが、私がまだ先生の冗談かもしれないと思っている間に信じられないスピードで絵本が出来上がっていきました」
スタイリングは着る人の体調や気分に合わせて柔軟に。「元気がない人には気持ちが上がる服を合わせて、逆に上がりすぎているときにシックな服を着るとすごくカッコよくなるんです」
遊び紙には本編で使われなかった「サチコさん」カットが踊っている。
さらに石切山さんを驚かせたのは、完成した物語の主人公が「サチコさん」だったこと。
何人もの車椅子ユーザーの話から桜木さんが造形した「なっちゃん」の物語ではなく、タイトルも「サチコさんのドレス」になっていた。
「私はスタイリストなのでおしゃれをした人が身も心も劇的に変わる瞬間に何度も立ち会ってきましたし、一人でも多くの人をキレイにしたい。その延長上に車椅子の方もいますよ、という自分にとって当たり前のことをしているだけ。実際、Campanellaのドレスはどなたに着ていただいてもいいんです。そこを見事にくみとってくださった桜木先生に脱帽です!」
書店の中には桜木先生の新作と並べて展開しているところも。
そらさんのかわいい手描きポップが目に飛び込んでくる。
ブランド名の「Campanella」は、宮澤賢治作『銀河鉄道の夜』の登場人物からとった。
「ジョバンニの憧れの人であるカンパネルラは彼を未来に導いて時空を走る列車に乗る、人のために動く人。このブランドもそんな優しいブランドになるように名付けました」
誰のためにもおしゃれはある。そこにサッと魔法の杖をふってくれる「サチコさん」の活動がこれからも続きますように。北海道から胸を張って世界に届けたい絵本の誕生だ。
北海道室蘭市で生まれ、小学3年生から札幌市在住。「小室哲子スタイリスト塾」で2年間学び、1988年から「SPUTNIK」の屋号でスタイリストとして独立。広告の撮影スタイリングを中心に個人のスタイリングレッスンや講演活動、雑誌の連載も展開。車椅子ユーザーをモデルにしたファッションショーを自主企画し、2019年からユニバーサルデザインのドレスブランド「Campanella」を立ち上げる。
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