2020年12月28日にオンライン取材で5冊を紹介してくれた渡辺さん。古巣であるミシマ社の本は「入れると決まらなくなるので、あえて外した」そう。
[2021.1.18]
書店ナビ:2020年6月から始まった書店と出版社をつなく受発注プラットフォーム「一冊!取引所」は、出版社はお好みの有料サービスを選んで登録し、書店は無料で利用できます。
なぜこういうシステムができたのか、どういう人たちがやっているのか。詳しいお話を”中の人”にうかがった記事は、こちらからご覧いただけます。
書店ナビ:その「一冊!取引所」を開発・運営する株式会社カランタの運営チームマネージャー渡辺佑一さんは出版業界に20年近く身を置く読書人。大手取次会社から人気出版社のミシマ社を経て、2020年8月に同社も出資するカランタに移籍しました。
渡辺:2020年は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大とは異なる次元で、私にとって転機となった一年でした。
「一冊!取引所」に登録してくださった全国の出版社さんの本を通して自分の中にあった無意識の固定観念に気づいたり、「そうそう、自分が言いたかったことはこういうことだったんだ!」と “心の凝り”がほぐされた気がします。
その中でもとりわけ心に響いた5冊をご紹介します。
書店ナビ:「世界ゆるスポーツ」、早速ググってみたらいろいろな「ゆるスポーツ」があって驚きました。しかもどれも面白そう!
渡辺:私も本書が「一冊!取引所」に登録された瞬間に「これは絶対読もう!」とチェックしていました。この「ほぐすフルコース」で真っ先に頭に浮かんだ一冊です。
小さい頃から運動音痴だったという著者の澤田さんが、既存のルールをちょっと変えることで誰もが楽しめるスポーツにバージョンアップする「ゆるスポーツ」の世界。
下半身にイモムシウェアを着用してほふく前身でトライを決める「イモムシラグビー」は車椅子生活の疑似体験になりますし、歩数に制限がある「500歩サッカー」は心疾患を抱えているなど体力が続かない人も参加できます。
「できるひと」と「できないひと」がガチガチに分断されている世界はそろそろ終わりにして、これから先は「ゆるめる」世界を皆でつくっていく――。
我々「一冊!取引所」も既存の出版流通システムにとらわれず、ゆるく楽しめる世界を目指して立ち上げましたので、この本に書かれていることに頷いてばかり。とりわけ「自分が前例になる」という言葉が胸に響きました。
気になるページに付箋を貼る派の渡辺さん。どの本にも小さい付箋がびっしりと貼られていた。
書店ナビ:出版元のハガツサブックスさんは、2019年6月に千吉良美樹さんが立ち上げた出版社。ドイツ語の「Haga(垣根)」と「Zussa(女)」を合わせた「垣根を越える女」という意味のレーベル名からもわかるとおり、女性にフォーカスした本の出版に力を入れています。
渡辺:Twitterでこの本を知り、すぐに千吉良さんに連絡を取って「一冊!取引所」登録のご案内をさせていただきました。
マインドトークをする、すなわち自分自身の内面と向きあうってすごく難しいことだと思うんですが、みたらしさんが幼少期の体験やLGBTの話題を含め、ご自分のことを隠すことなく書いている姿に、本を作って出すときの著者の覚悟も感じましたし、自分に対しても「じゃあ、これを読んでいる自分はどういう人間だっけ?」という想像力がわいてきます。
特に印象に残っている一文は、「いまあなたが住んでいる世界は、あなたが思っているよりも一時的なものだ」。セルフイメージは不変のものではなく、今いる場所によって規定される、という事実にハッとさせられました。
私自身、2020年の7月31日までは「ミシマ社の渡辺」でしたが、現在は「一冊!取引所の渡辺」として自他ともに認識される場所に立っています。
「ミシマ社の渡辺」という立場でラクをしていたり、やれていたことに対して向き合う2020年に、この本に出会えて本当によかった。
それとこういうマインドトークは日常の節目節目に小さくやっていくのが大切なのかなとも感じました。自分自身との会話をとぎらせないためにも。
書店ナビ:とにかく表紙がものすごいインパクト。そしてこのタイトルです。
店頭でも目が合ったら絶対に立ちどまらずにはいられない表紙。
渡辺:内容に影響のない範囲でネタバレしますと、表紙の男性はパリ在住の芸術家モーリス・マーティーさんで、著者が「尊敬する年上の友人」だそうです。
ご本人の承諾を得て、この方を「ロバート・ツルッパゲ」という架空の人物に見立てて、ワタナベアニさんがご自身の美学や哲学論を展開していくという構成です。
《前菜》や《スープ》で社会や自分に対する見方がほぐれてきたところでこの本を読むと、「おまえは何をやりたいんだ?」という問いかけが浮かび上がってきます。
「誰かが決めたルールに縛られて、本当に自分がやりたいことを後回しにするな」という言葉がしみわたる読み味の《魚料理》です。
読者の中にはワタナベアニさんの主張に違和感を覚えるひともいるかもしれませんが、その違和感を単なる星の格付けで終わらせるのではなく、そう感じた自分自身にも向けてみる。そういう読み方があることも、広まっていくとうれしいです。
書店ナビ:出版元のセンジュ出版さんは「しずけさ」と「ユーモア」を大切にしている出版社ですね。
渡辺:本書のあとがきにもセンジュ出版代表の吉満明子さんがワタナベさんの本を「ぜひうちで出したい」と言ったエピソードが書かれています。著者と出版社の出会いがあって本は作られるもの。吉満さんの熱量も伝わってくる一冊です。
渡辺:登山家の栗秋さんが25歳のとき、当時はマッキンリー、現在は現地読みのデナリですが、冬季デナリの単独登頂に日本人として初めた成功した登山記録が2000年に刊行されまして、この本はその内容にその後の記録を加えて改題した新版です。
《魚料理》を読んで「自分のやりたいことって何だろう?」と自問するようになったとすると、栗秋さんはまさに自分のやりたいことを素直に行動に移したお手本のような人。
登山家というとすごく特別な人のように感じますが、彼の場合は山の頂上を目指す「垂直の旅」も、カナダのアンカレッジから北極海に面したプルドーベイに行く何百マイルの「水平の旅」も日常と地続きで、すべてが自然につながっている感じがします。
誰に頼まれているわけでもないのに、やりたいことを素直にやっている。歴史に名を残す登山家になりたい、なんていう気持ちはまるで感じなくて、それよりも十代で読んだ新田次郎さんの『アラスカ物語』に書かれた景色を自分も見たいという純粋な憧れ。その混じりけの無さが文章から伝わってきます。
ちょっと矛盾するかもしれませんが、自分自身について深く考えすぎるのも毒になるような気がして、こういう、自分とはまったくかけ離れたことをしている人の本を読める幸せを通して、一周回って自分のことを考えてみる。そんなイメージでしょうか。
渡辺:《デザート》なのに中華屋をめぐるコミックエッセイでスミマセン(笑)。著者の増田さんが大阪や福岡など各地でウワサになっているメニューを食べ歩く様子がとにかく美味しそうなのと、「どうしてそんなメニューを出すようになったのか」という深堀りがすごくいい。
例えば「広島の天津飯あんかけ多すぎ問題」は、かつて大学が近くにあったお店が学生のためのドカ盛りメニューとして開発して定着したとか、身近なメニューに潜む物語も一緒にいただけます。
コロナで外出が制限されがちな今読むと、すごく楽しい気持ちになれますし、「いつか行ってみよう!」という前向きな目標もできておすすめです。
書店ナビ:「一冊!取引所」は現在YouTubeでも動画を配信中。登録出版社さんをゲストに迎える「一冊!Live」で作り手の熱い想いを紹介しています。
全国の個性派出版社さんのお話が聞けるリモート時代ならではの公式チャンネル、たくさんの人に見てほしいですね。
一冊!Live vol.28 ゲスト:左右社 営業部さん – YouTube
書店ナビ:今回渡辺さんのお話を聞いて、自分もいつのまにかガチガチに凝り固まっていないかな、と気になりました。心身ともに「ほぐす・ゆるめる」って大事ですね。
渡辺:「一冊!取引所」は使っていただいている皆様の声を反映させながらアップデートしていくスタイルなので、私自身も日々柔軟に、いい意味でゆるく自分の価値観が広がっているのかなと感じています。
「一冊!取引所」の登録出版社の皆さんは、つくるだけでなく届けることもとても大事にされています。そこに対して私も提案できること、やりたいことを実行していける2021年にしたいです。
書店ナビ:新年一回目の「本のフルコース」にふさわしく、新しい自分にアップデートできるヒントをもらえた「一冊!取引所」のフルコース、ごちそうさまでした!
1976年埼玉県生まれ。成蹊大学文学部卒。2000年株式会社トーハンに入社し、特販部と北陸支店で勤務。2007年株式会社ミシマ社に最初の社員として入社。三島邦弘代表とともに直取引営業のスタイルを構築。2020年8月より同社も出資するウェブ開発の新会社、株式会社カランタに移籍。書店と出版社をつなぐ受発注プラットフォーム「一冊!取引所」の開発運営・普及に努めている。趣味は将棋。
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