札幌市北区のオフィスで著者・監修者の皆さんにお話をうかがった。
[2019.2.11]
科学の面白さを社会に伝える科学技術コミュニケーター集団
札幌市北区にオフィスを構える株式会社スペースタイムは、科学技術の仕組みや成果を社会にわかりやすく伝えることを得意とする理系プロダクション。
北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(通称CoSTEP:コーステップ)一期生の中村景子さんが、2010年に設立した。
現在11名のスタッフは、CoSTEP修了者を中心に元研究職や教育現場出身者が集まり(生き物好きも多い)、一般的なデザイン・広告系プロダクションとは一線を画している。
主なクライアントは北海道大学をはじめ道内外の大学や関連機関など。アカデミックなフィールドに軸足を起き、ウェブサイトや広報物、イベントの企画から運営・制作まで幅広く展開し、「中味を理解して作ってくれるので安心して頼める」と、各専門分野を持つ顧客から厚い信頼を集めている。
新規のお客は紹介が多いというのも、顧客満足度が高い証しだろう。
2014年8月からは小中学生対象の自社企画をスタート。サイエンス&プログラミング教室「Laccolla(ラッコラ)」を開設し、葉っぱの分類や雪の結晶のでき方など身近な題材をもとにサイエンスの視点で物事をとらえる力を育成している。
そんな同社のスタッフが執筆した本『科学史ひらめき図鑑』が、今年1月15日にナツメ社(東京本社)から出版。しかも発売10日目にして早くも重版が決定したという勢いのあるニュースが飛び込んできた。
早速関係者に集まっていただき、詳しいお話をうかがった。
ビジネスパーソンに響く「ひらめき」で科学史を再構成
スペースタイムの創業から籍を置くディレクター・デザイナーの楢木佑佳さんのもとに、ナツメ社から「科学史の本を出すのでイラストを描いてほしい」と打診が来たのは、2016年のことだった。
イラストも描ける楢木さんが過去に制作したサイエンスカフェ配布のフリーペーパー「白亜日報」を見た編集者から「ぜひ一緒に」という、うれしい申し出は二つ返事で引き受けることもできたはずだ。
だがここで、「自分たちにもっとできることはないか」と考えるのが、つねに新しいことに挑み続けるスペースタイム流。北海道大学理学部教授で、CoSTEP代表を務めていた杉山滋郎氏(現・北海道大学名誉教授)による監修を前提に「テキストを含めた執筆をまるっとやりたい」と逆提案をし、社内初の書籍執筆に乗り出した。
楢木さん(右)の執筆をフォローした柳田拓人さん。楢木さんは理学の、柳田さんは情報科学の博士号を取得する”博士コンビ”だ。
出版社が当初から立てていたコンセプトは「ビジネスパーソンの心に響く科学史を」。2015年に『哲学用語図鑑』(プレジデント社)がビジネスパーソンの教養書としてスマッシュヒットしたことを受けてのリクエストだった。
ということは、科学者・技術者たちの歴史を正攻法で書き連ねていっては一般読者の関心を集めることができない。そこで楢木さんたちが考えたことは――。
「よく”世紀の大発見”ということを言いますが、科学者たちは決して自分ひとりの力だけでブレイクスルーしたわけではなく、当時の時代背景や周囲の人間との相関関係…さまざまな要素がからみあったその先に”ひらめき”が訪れたと思うんです。
その”ひらめき”にいたるプロセスは現代社会のビジネスにも通じるものがあると考え、”ひらめき”を軸に据えた構成で組み立てようと思いつきました」
トップバッターは活版印刷の発明者グーテンベルク。本書ではぶどう圧搾機を改良してプレス機を作る”ひらめき”を、既存技術の組み合わせの妙と読み解いた。
停滞ぎみだったスケジュールが社内分業で一気に加速!
本書で紹介する「世界を変えた科学者」は70人。一人につき4ページ。その”ひらめき”が科学史に刻まれるビフォー・アフターを、シンプルかつユーモラスなイラストで伝えている。
そのビフォー・アフターも科学者自身の視点と「社会はどうだったのか/どう変わったか」というマクロの視点で展開し、その視点の延長上にある現代社会とのつながりも想起させる点が面白い。
“ひらめき”というお題は決まったものの、通常業務に追われてなかなか執筆が進まなかった楢木さんに、社内分業を提案したのは情報系に強い同僚の柳田さんだった。
「趣味で演劇の脚本を書いたことがあり、場面ごとの要点を書き込んでいく箱書きという手法を知っていたので、それに似たテンプレートを作ってみたんです」
ビフォー・アフターの構成要素を決めて「あとは埋めていくだけ」というスプレッドシートを作成した。その時点ですでに企画の打診からほぼ1年が経っており、「柳田さんのフォーマットのおかげでそこから一気に執筆が進みました」と楢木さんも感謝の言葉を口にする。
柳田さんはイラストの下絵も作成し、楢木さんとの二人三脚で執筆を進めていった。
味わいのあるほぼ二頭身のイラストも現在の最終形態になるまでに試行錯誤があったという。
「最初は時代考証を調べた服装を細かく描き込んでいましたが、そのままだとまったく本質じゃないところに時間がとられていることに気がついて(笑)。あたたかみのある線を活かしつつ、思いきってシンプル化した衣裳と髪型、メガネ・ヒゲのあるなしで70人を描き分けることしました」
上は校正途中で、下が掲載になった最終形。主人公のフォルムが異なっている。
執筆中の全道ブラックアウト、科学技術に思いを馳せる
こうして急ピッチで執筆が進み、組み上がってきた校正ゲラが「すっかり忘れていた頃にどさっと送られてきた」のは、監修を引き受けた杉山さんだ。
自身も専門書を書いているが、一般人向けの本の監修は本書が初。
「僕らのような研究者には絶対できない仕上がり。もう重版がかかったなんて、ちょっとジェラシーを感じます」と、教え子たちの成果に目を細めている。
監修の杉山さん。「来年創業10周年を迎える、いい弾みになりました」と語る中村景子社長。
交流モーターを発明したテスラは、ゲーテの詩を口ずさんでいるときにアイデアが降りてきた。「その詩が何だったかを特定できないまま、杉山先生に聞いてみたら一瞬で解決した。つねに正確な情報と研究者の視点で私たちをサポートしてくれました」(楢木さん)。
70人の科学者を紹介する5つの章立ては、「視点を変えろ!」「人の話を聞け!」「失敗から学べ!」「偶然を呼び寄せろ!」「苦労を惜しむな!」と、 誰もが共感しやすい項目で構成されている。
さらに巻末の科学者生没年表にもぜひ注目してほしいと、楢木さんたちはいう。
「年表にしてみると、科学者たちのひらめきの背景にある同時代性や社会の課題が見えてくる」(柳田さん)。「サイエンスを扱ってきた当社が科学史に正面から取り組むことができました」(中村社長)。
執筆・校正が佳境に入った2018年9月6日、北海道胆振東部地震と全道を襲うブラックアウトを経験した。電気や通信、公共交通…日頃当たり前に享受していた科学技術に思いを馳せた。
「歴史上、困難だとされてきたことも人のチカラで克服してきたことを思うと、これからの未来にも希望を持つことはできる。科学の歴史は人の歴史。教科書では一行で終わってしまうような科学者たちの人生を、この本で知ってもらえたらうれしいです」(楢木さん)
『科学史ひらめき図鑑』
スペースタイム著 杉山滋郎監修 ナツメ社
●スペースタイム
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