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第359回 喫茶つばらつばら 店主 出村 舞さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

「過去の人気フルコースをリバイバル掲載!」

Vol.72 喫茶つばらつばら 店主 出村 舞さん

小さな、居心地のいい喫茶店「つばらつばら」は、2012年9月に開店した。


[本日のフルコース]
喫茶店店主の迷いも決意も知っている
「人生にふと立ち止まったときに読みたい本」フルコース

この記事は[2016.12.19]初掲載されました。



書店ナビ 札幌市中央区にある喫茶店「つばらつばら」のご店主、出村さん、開業のとき物件に関して幾つか決めていたことがあったそうですね。
出村 はい、まず「店が仲通りにあること」と「広さが10坪以内であること」。大好きな本は絶対置こうと思っていて、お一人様が入りやすい空間をイメージしていました。
今年の9月から開店5年目に入り、現在、女性のお客様が7割くらい。30代から60代まで幅広い世代の方が本を読んだり手紙を書いたり、思い思いの時間を過ごしていらっしゃいます。

店内のそこかしこに出村さんの愛読書が並ぶ。「暮らしや食べものの本が多いですね」。



書店ナビ フルコースづくりはいかがでしたか?
出村 はじめに印象に残っている本を選び出していったら、それらが全部、自分が人生で立ち止まったときに出会ったり、読み直してきたものばかり。「じゃあ、このままいこう」と解説を書き足していきました。




[本日のフルコース]
喫茶店店主の迷いも決意も知っている
「人生にふと立ち止まったときに読みたい本」フルコース


前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

アンジュール―ある犬の物語
ブックローン出版  カブリエル・バンサン

鉛筆デッサンの絵本で、文字がまったくないこの本をどうとらえるかは読み手次第。私には、犬のアンジュールの表情に孤独と人生の不安定さが重なって見えました。






出村 もともとカブリエル・バンサンが好きで、まだ店を始める前、これから先のことが何も決まっていない時期に読んで衝撃を受けました。
突然人間に置いてけぼりにされたアンジュールが感じる強烈な孤独感にものすごく共感した記憶が、いまも鮮明に残っています。
書店ナビ 孤独は一見ネガティブな感情に思われがちですが、そこにはその先の人生を自分で決めていく強い意志や、まだ見ぬ未来への希望を感じ取ることもできそうですね。
出村 この本の結末もほのかな希望を感じさせて、私にとって大事な大事な一冊です。


スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ロマンティックに生きようと決めた理由
永井宏  アノニマスタジオ

美術作家である著者のもとに集まった10人が生き方について綴ったエッセイ集。自分の好きな生き方で生きると決意した私の背中を押してくれました。







書店ナビ 故・永井宏さん(1951~2011)は、元雑誌『BRUTUS』の編集者。39歳のときに東京から神奈川県の逗子に移り住み、のちに湘南・葉山で「サンライト・ギャラリー」を主宰。
そこに集うカメラマンやイラストレーター、スタイリストの卵など多彩な人たちと「葉山カルチャー」を生み出した”場づくりの達人”でした。
出村 解説にも書いたとおり、店を始める前にこの本を読んで「私がやろうとしていることはこれでいいんだ」と迷いをなくしてくれた本でした。
本のタイトルにある「ロマンチック」って人前で言うにはちょっと恥ずかしさを感じることばですが、この本に文章を書いている人たちはそれをまったく隠さない。好きなものは好き、という素直な強さに惹かれました。


魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

はやくはやくっていわないで
益田ミリ  ミシマ社

エッセイストで知られる益田ミリさんの文と、イラストレーター平澤一平さんの絵がベストマッチの絵本です。忙しくて、つい日常をこなしていたときに「ゆっくりでいい。みんなちがう」と教えてくれて、涙が出ました。 






書店ナビ タイトルが直球でいいですね。大人に急かされたときの子どもの言い分のようであり、実は大人になってもこう言いたくなるときがある。
出村 そうなんです。だからこの絵本の対象年齢は「0歳から100歳まで」(笑)。
時間や流行ばかり気にしていると、不安になって自分のペースが崩れてしまうことってありますよね。
このお店のことでも周囲の人たちが心配して「いま、パンケーキが流行っているからやってみたら?」とか「ランチを始めたらもっと人が来るかも」といろいろ言ってくれるんですが、そこはお気持ちだけをありがたく受け取って(笑)。自分で決めたことを、自分のペースで守っていきたいです。
書店ナビA 流行を追わないということはピークをつくらないということ。その分、すたれずに長く続けたいという出村さんの決意を感じます。

愛らしい店名「つばらつばら」は「京都の銘菓からヒントを得て(笑)」。万葉集にも出てくる古語で「しみじみと・心ゆくままに」の意味がある。





肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

思いわずらうことなく愉しく生きよ
江國香織  光文社

犬山家三姉妹の恋愛小説。「人はみないずれ死ぬのだからそしてそれはいつかはわからないのだから思いわずらうことなく愉しく生きよ」。この言葉と出会って自分の生き方をじっくり考えるようになり、いまもつねに念頭に置いています。




書店ナビ 簡単に設定を紹介しますと、36歳の長女はDV夫と暮らし、34歳の次女は同棲中、29歳の三女は友情もしくはカラダの関係のみ、という三者三様の恋愛模様が描かれています。
出村 江國さんの文体や表現が好きで何冊も読んでいますが、この本は別格。タイトルは犬山家の家訓であると同時にそのまま、私の家訓にもなりました。
バリバリ働いて恋愛も強気に楽しんでいる次女みたいな生き方が輝いて見えるときもありましたが、何度も読みかえすうちに実は心やさしくてさみしいところがある三女が愛しく思えたり、一番気の毒に見える長女にも「この人なりの幸せの在り方なのかもしれない」と思ったり…結局は全員の生き方に心が動かされます。
人生は愉しく生きよ。この一言に尽きます。



デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

食器と食パンとペン わたしの好きな短歌
安福望  キノブックス

イラストレーター安福望(やすふく・のぞみ)さんが選んだ短歌にイラストをつけて投稿する人気Twitterを書籍化。短い一文に歌人たちの素直な思いが凝縮されていて、かえって想像力をかきたてられます。




書店ナビ Twitter「食器と食パンとペン」@syokupantopenで見るのも愉しいですが、こうして手に取って眺めていると、さらに短歌の世界が深まりますね。
出村 当店のお客様のなかにたまたま、この本に歌が載った歌人のかたがいらっしゃいまして、そのご縁で今年9月に当店で、この本の原画展を開くことができました。
好きな作家さんをお呼びしてイベントができる、しかもそれを大勢のお客様が見にきてくださって、2週間で本が50冊近く売れたのも嬉しかった。
こんな幸せなことができるなんて、本当にお店をやってよかったと思いました。札幌に来てくださった安福さんにも「ここでやれてよかったです」と言っていただけてうれしかったです。

「しあわせにしてますように でも少し私が足りていませんように」月夜野みかんさんの一首。みずみずしい現代短歌の世界を安福さんのイラストが増幅している。




ごちそうさまトーク 人はいつも迷いのなかにある

書店ナビ 「つばらつばら」さんでは毎月いろいろなイベントを企画されていますね。
出村 最近ようやく、いろんな人と出会う楽しさやそれを具体的な形にして皆さんと共有する面白みが実感できるようになりました。
だからといってもう一切迷いがないわけではなく、いつも迷いの中にある。
そういうときに今回ご紹介したような本が背中を押してくれることを私自身が体験としてわかっているので、この店の空間や置いてある本が誰かにとってもそうなれるように努めながら、これからもお店を続けていきたいです。
書店ナビ 自分の思いに忠実に生きようと決めた人の応援本フルコース、ごちそうさまでした!

●喫茶つばらつばら
住所/札幌市中央区南1条西13丁目三誠ビル1階  
電話/011-272-0023  
営業時間/13:00?23:00 
定休日/火曜、第2水曜

出村舞さん
札幌出身。市内のカフェ勤務を経て、2012年に「つばらつばら」をオープン。店が入っている三誠ビルは大正13年設立。札幌景観資産に認定されている。














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