心を揺さぶる一冊との出会いは人生の宝物。書店独自のこだわりやオススメ本を参考に、さあ、書店巡りの旅に出かけてみませんか?
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2014年の夏、人口約1万8000人のまち、砂川唯一の書店であるいわた書店が一晩で全国的な有名店に変身する出来事があった。8月24日の深夜11時45分からテレビ朝日のバラエティー番組『アレはスゴかった!!』(現在は放送終了)で、同店独自のサービス「1万円選書」が紹介されたのだ。
取材を受けたのはこれが初めてではなく、「テレビといっても日曜の深夜だから誰も観ていないと思った」店主、岩田さんの読みは、残念ながら甘かった。放送終了後は同店のFacebookやメール、faxに視聴者からの注文が殺到! 鳴り止まないFacebookの着信音に閉口した管理者が思わずスマホの電源を切ったほどだという。
テレビ局がどうしていわた書店にたどりついたかは定かではないが、北海道書店ナビでは2013年12月6日の週に同店の記事を掲載。
その際の動画や記事が参照されていることからも、事前のネタ探しに一役買っているのかもしれない。
いずれにせよ、その時点でいわた書店の静かな日々は終わりを告げた。ネット検索の急上昇ワードとなった「いわた書店」「1万円選書」に飛びついた各メディアの取材がさらなる注目を集め、9月の時点で1万円選書の申し込みは300件に到達。とうとう新規の受付をストップし、選者である岩田さんは2014年の年末までひたすら目の前の依頼に没頭することになった。
1万円選書で全国から注目を集めたいわた書店の岩田徹さん。
1万円選書の特色は2つある。1つはどれも必ず岩田さんが読んだ本であること、そして2つ目は依頼者に“読書人”としての自分を自己紹介してもらうこと。本が届けられるまでに、岩田さんと依頼者の間で文書によるキャッチボールが交わされる。
例えば、こうだ。学校でいじめにあい、心を病んだわが子を心配する母親から「本好きのあの子のために何か選んでほしい」と依頼がくる。岩田さんはそこではまだ本を選ばない。最近呼んだ本の感想を○×△で評価してもらうアンケート用紙(いわた書店では「カルテ」という)を送り、「娘さんご自身の言葉で書いていただければ」とボールを投げ返す。
「ご注文の動機は人それぞれですが、どなたにも必ず一度ご自分の読書歴を振り返っていただきます。この振り返りによって、もし悩んでいることがあれば心がほんの少しおさまり、自分の人生が見えてくる。僕はそういう人の背中を押せるような本を提示するだけなんです」。
前述の依頼では、本人が書いたカルテをもとに岩田さんは選書を開始。「自分を見つめ直し、他者への想像力を養う」本として、少女時代をソビエト学校で過ごした米原万里の自伝的ノンフィクション『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』や、ミスチルの桜井和寿が帯の推薦文を書いた絵本『緑色のうさぎの話』をセレクトした。
こうしたやりとりを通常の書店営業と平行して行うため、「一日3人の人生と向き合うのでせいいっぱい」。心ならずとも“お待たせしてしてしまう”のも納得の手間と時間がかけられている。
注文の動機は十人十色。東京や神奈川、大阪などの大都市が多い。
選書リストに同封する岩田さんからの手紙。アンケート用紙は選書の中に依頼者がすでに読んだ本をいれない“重複”防止の意味もある。
ラジオ・雑誌の取材はもちろんのこと、地上波・BSのテレビはほぼ全局を網羅し、韓国の中央日報による電話取材まで、ほぼ数珠つなぎに続いた取材の影響は、計り知れなかった。道内の同業者はもちろん、「1万円選書のコーヒー豆バージョンをやってもいいか」という異業種からの問い合わせもあった。
なかでも象徴的だったのは、第1回「広告業界の若手が選ぶ、コミュニケーション大賞」にノミネートされたこと。「確かに僕が売っているのは“本”じゃない。でなければ、自宅や駅の近くにいくらでもメガ書店があるような大都市から注文は来ないはず。売り場にたくさん本が並んでいることよりも、皆さん、自分が読みたい本と出会いたい。韓国からの取材で“コンサルタント料はいくらですか?”と聞かれ、そんなものは取っていないと答えたら驚かれました(笑)」。
取材効果は「有名になった」だけではない。1万円選書300人分の資金をもとに、いわた書店は「売れそうな本から売りたい本を置く」方針をさらに強化。「うちは新刊コーナーがないので、他の店と平台の風景が違うんです」という解説どおり、店頭では店主の頭の中をのぞかせてもらうような本の並びが楽しめる。
さらに驚いたのは大ブレイク後、店の休みを増やしたことだ。「以前からの日曜定休に加えて、祭日は午後3時までの営業にしました」。というのも、通常であれば朝・晩に見つけられるはずの読書時間が、北海道の冬は雪かきに費やされる。「今は週に2、3冊しか読めない」のが悩みの岩田さんにとって、選書の大元になっている読書タイムの確保は、なによりの最優先事項というわけだ。
メディアでいわた書店を知り、自社本を売り込んできた出版社もあった。「それがこの『跳びはねる思考』。とてもいい本でした」
岩田さんは、現在62歳。「今後の目標は週休2日。僕は死ぬまで本屋のおやじをやりたいですから、休みが必要」といい、「そうしたら、これが新しいビジネスモデルになるかもしれないでしょう」と続けた。
現在、選書の中でも岩田さんが苦手なコミックは、そのジャンルに詳しいスタッフの黒光高平さんに任せている。もし環境が整えば、将来的には児童書は児童書が詳しいところに任せるなど、北海道の書店全体で選書をシェアする仕組みが作れないものか、というアイデアマンの岩田さんらしい構想も明かしてくれた。
ベテランスタッフの黒岩さんもコミック選書で多忙な岩田さんをサポート。
2014年にいったん休止していた1万円選書は年明けとともに受付を再開した。ところが、取材にうかがった1月8日の時点で新規注文が230件近くあり、その2日後には早くも同店のFacebookで「申し訳ありません。一旦受付を区切らせて頂きます」宣言が発表された。どうやら今も店側の想像をはるかに上回る事態が続いているようだ。
「なかにはリピーターのお客様もいて、これが一過性のブームではないことを表している気がします」と語るスタッフ黒光さんの表情は誇らしげだが、「でも岩田は大変ですけど」と笑う視線の向こうには、棚とにらめっこの店主が一人。書店受難の時代に地方の個人書店から投げられるボールを、大勢のミットが待っている。
国道12号線「すながわスイートロード」沿いにあるいわた書店。
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