2025年2月15日に発売された文月悠光さんの第五詩集『大人をお休みする日』発刊記念イベントが3月14日札幌の俊カフェで開催された。
[2025.4.4]
「恋をすること」
「自分を愛すること」
「暮らしていくこと」
「抗うこと」
「女ともだちへ」
「選択すること」
「別れを選ぶこと」
「心を生かすために」
これらの章タイトルの中で、あなたが「読んでみたい」と思った項目はどれでしょうかーー。
2025年2月に発売された、詩人・文月悠光(ふづき・ゆみ)さんの詩集『大人をお休みする日』は45篇の詩を通して、いまの日本を生きる文月さんの輪郭をたどるような構成だ。
3月14日、札幌の俊カフェで刊行記念トーク&朗読会が開催され、書店ナビも同席させていただいた。
本書は雑誌「mina」「婦人之友」に掲載された作品に書き下ろし2 篇を加えた45篇を収録。
気になるタイトル『大人をお休みする日』は、「自分を愛すること」の章に収録された1篇「大きくなるために必要なこと」から引用されたフレーズだ。
自分の機嫌は、自分でとる。
そう努めることが、
よい「大人」の秘訣でしょうか。『大人をお休みする日』p32収録
「大きくなるために必要なこと」から一部引用
ここで試しにAmazonの本カテゴリーで「自分の機嫌」で検索すると、16件の結果がヒットした。ネット上で検索しても同様に玉石混交の記事がヒットする。
いつの頃からか「自分の機嫌をとれるひとが一人前の大人である」というフレーズが聞こえてくるようになり、そこに文月さんは「ずっとモヤモヤした気持ちを抱えていた」と打ち明ける。
「そうできたらどんなにいいか。頭ではわかっていても、それができないとなんだか責められているような気がしました」
俊カフェは2017年5月3日にオープン。詩の朗読会や出版記念会など数々のイベントに使われている。
10代だった頃は「完全無欠なおねえさん」に見えた30代もいざ自分がなってみると、そうではないとわかってくる。
今の自分は「元々のわたし」に、大人なら普通こうするであろうという「大人の約束事」がくっついた姿だ。でもそれは果たして「わたし」を生きていることになるのだろうか。
その問いかけに対する答えが1篇の詩になって現れた。
本書の装丁を手がけたブックデザイナーの名久井直子さんが、この『大人をお休みする日』というフレーズについて「いい感じだった」と伝えてくれたことにも背中を押されたという。
「女性に限らず、しばらく大人を休んでいないなという人たちに読んでもらいたいです」
傷つくことも勇気なんだ。
湯船で涙の粒を飲み込んで
わたしたちは、少し大きくなった。『大人をお休みする日』p34収録
「大きくなるために必要なこと」から一部引用
「抗うこと」の章は「自分一人の力ではどうにもならないこと」をテーマに描かれた。自分の心情を見つめる内省とは異なる「俯瞰的な視点を意識した」と文月さんはいう。
女性の権利や異国で勃発した戦争のこと、避けられない「死」という別れ、2023年に表面化した日本の芸能界の性加害問題にも文月さんの心は波立った。
わたしたちは知らない、
否、知らないというのは嘘だ。
静けさに馴染んで 一瞬の輝きに見とれて
ぼんやりと諦めることを 知りすぎている。『大人をお休みする日』p79収録
「silent」から一部引用
「女ともだち」の章は、読んだ人それぞれの脳裏に浮かぶ「あなた」がいるのではないだろうか。
あなたを手助けすることと、
あなたにわたしがいなくても大丈夫と
信じてあげることは、決して矛盾しない。『大人をお休みする日』p87収録
「あなた」から一部引用
書き下ろしの「メダル」は、文月さんが大学生読者から聞いたおすすめの街、吉祥寺や下北沢を歩いて「道ゆく人たちをスケッチするような気持ちで書いた」1篇だ。
この街が好き。雑多で騒がしくて、人が流れ続けて、落ち着く気配など微塵もないこの街。小さな花束を手にした女の子とすれ違う。人と違っても大丈夫。そう、ヴィレバンで漫画を立ち読みした十六歳に戻れるから好き。古着屋の片隅できらめく大量のヘアクリップが好き。ショートヘアだから何に使うわけでもないけど。
『大人をお休みする日』p74収録
「メダル」から一部引用
この詩に誘われて、質問タイムに「観察したものを”詩”にするための工夫は?」という手が上がった。
これに対して文月さんは「詩にするという意識は持たないようにしています」と回答する。
「目の前の人たちが気にかかるとしたら、どうして自分はこの人たちにひかれるのか、という本質を考える。目の前の情報を書くのではなく、もっと普遍的なところ、書いた私から離れたあとも読んでくれた人たちに再生してもらえるようなものを書こうとしています」
またエッセイと詩の違いについて触れた際にも「からだになじんだことを書いただけで不思議と詩情が出る。皆さんもずっと覚えていたいことがあったら詩に綴ってみてはどうでしょう」と呼びかけた。
この日トークの聞き手を文月さんのパートナーである作曲家の坂東祐大さんが務めた。文月さんの詩「silent」に坂東さんが曲をつけた音楽作品もあるという。
本イベントは2024年11月13日に目を閉じた谷川俊太郎さん公認のブックカフェ「俊カフェ」で開催された。
文月さんの著書『臆病な詩人、街へ出る。』の巻末には「臆病な詩人、勇敢な詩人を訪ねる。」と題して2021年8月21日に行われた対談が掲載されている。
その対談の中で谷川さんに追悼詩について質問を投げかけた文月さんが、イベントのおわりに谷川さんへの追悼詩を朗読した。
それを少し離れたところで静かに聞いていた俊カフェオーナー古川奈央さんに後日、イベントの感想をうかがった。
「文月悠光さんには俊カフェ開店年である2017年にご本人の10周年記念イベントを開いていただいたり、2019年には朗読イベント『俊読』にもご登場いただくなど、折に触れお世話になっている、とても尊敬する詩人のお一人です。
約8年、文月さんの作品やSNSでの発信なども見てきて、いつもご自身の心に真っ正直で、迷いも戸惑いも怒りも喜びもまっすぐな方だな、と感じてきました。
第五詩集『大人をお休みする日』は、そんな文月さんの「これまでの積み重ね」と「今」を感じられる詩集。その作品たちについてご本人が解説し、朗読も聞けるというのはこれ以上ない至福の時間でした。
最後に谷川俊太郎さん追悼で書かれたソネット3篇は、俊太郎さんの作品へのオマージュもあり、早く活字で読みたくなる作品ばかりでした。
俊太郎さんが亡くなられて以降、近いところにいた方々は半ば呆然としながら追悼などをしている状態。たぶん文月さんもそんな感じだったのではと思います。
そんななかで俊太郎さんの作品を読み込み、感じ、この3篇を綴ってくださったことに胸が熱くなりました」
文月さんの朗読に聞きいる俊カフェ古川奈央さん
一般に「詩集」と聞くと、自分にはハードルが高すぎると考えるむきもあるだろうが、詩集『大人をお休みする日』は冒頭に紹介した章タイトルや詩の掲載順も非常によく練られており、読後に1本の物語を読んだような清々しい達成感も運んでくれる。
読めば自然と映像が浮かんでくるので詩集ビギナーのファーストブックや春から環境が変わる人たちへのプレゼントにもおすすめだ。
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