北海道書店ナビ

第580回 円錐書店 福田 大道さん

Vol.207 円錐書店 福田 大道さん

楽しく悩んでくれた福田大道さん。

2023年4月28日、札幌市中央区南17条西6丁目にオープンした円錐書店。「フルコース、本当は10冊くらい選びたかったです」と語り、楽しく悩んでくれた福田大道さん。

札幌で今もっとも新しい古本屋・円錐書店の福田大道さんが軸にする
「他者へ、そして言語へひらかれてゆく」本フルコース

[2023.7.24]

「他者へ、そして言語へひらかれてゆく」本フルコース

書店ナビ先週の書店ナビで、おばあさまが閉じられた内科医院跡に古書店を開くまでのお話をたっぷりとうかがった円錐書店の福田大道さん。
中学校の英語教員を経て、札幌弘栄堂書店・書肆吉成で新刊書店・古書店両方の書店員を経験。2023年7月現在、札幌でもっとも新しい古書店の店主になりました。

第579回 札幌市南17条に古書店「円錐書店」オープン!

www.syoten-navi.com

昭和36年に開業した福田医院は平成30年に閉院

福田さんの祖母が昭和36年に開業した福田医院は平成30年に閉院。「まちのお医者さん」から今度は「まちの本屋さん」に。「祖母も喜んでくれています」と福田さん。

書店ナビ店舗取材と同時に「本のフルコース」もうかがったところ、考えてくださったテーマが「他者へ、そして言語へひらかれてゆく」本。とても大切なテーマですね。

福田言語は自分にとって常に気になるテーマの一つ。考えていることの中心にあり、そこから読書が広がっていくという感覚です。

改装はアンティークショップ勤務時代の先輩・同僚が手伝ってくれた

改装はアンティークショップ勤務時代の先輩・同僚が手伝ってくれた。本のラインナップは言語や思想哲学などの人文・アート系が中心。

展示スペースを活用してトークイベントなども企画中。

展示スペースを活用してトークイベントなども企画中。

ふらっと立ち寄る感覚でも十分楽しめる。

文庫や絵本、ZINEもあり、ふらっと立ち寄る感覚でも十分楽しめる。

札幌で今もっとも新しい古本屋・円錐書店の福田大道さんが軸にする
「他者へ、そして言語へひらかれてゆく」本フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

馬語手帖 はしっこに馬といる

馬語手帖
はしっこに馬といる

河田 桟  カディブックス
与那国島で馬のカディと暮らす著者。馬の専門家でもなく、体力にも不安を抱える著者がひたすらそこに「居る」ことでひらいてゆく馬たちとの世界。実践編の『馬語手帖』とその試行錯誤を綴った『はしっこに馬といる』をセットで読むのがおすすめ。現在、そしてこれからの世界を生きてゆく上で重要な示唆を与えてくれる2冊。

書店ナビ《前菜》を2冊選んでくれました。河田さんは「日本のはしっこ」与那国島で出版社を経営されています。「カディ」は与那国語で「風」のこと。河田さんの相棒の名前です。
私もSNSで知り、『馬語手帖』を持っています。

福田『馬語手帖』も『はしっこに馬といる』も直接的な対象は馬ですが、書いている本質は「他者との共存」。
人でも動物でも他者を理解していくときにどうすればいいのか、あらゆるレベルの異文化コミュニケーションのヒントが詰まっています。

カディという一頭の馬によって他者理解に導かれていく河田さんとカディの一対一の関係。俗に言う動物との主従関係でもない、自分たちの関係を築こうと模索していく河田さんの文章がとてもいいんです。

「ウマに通じない」イコール
「自分のこころとからだの言葉が一致していない」
という、答えあわせがすぐできるので、
とてもわかりやすいと思います。

『はしっこに馬といる』より引用

福田これって人間もそうですよね。親がどんなに「人に優しくしなさい!」と子どもに言っても、親の本心と言ってることが違えば、子どもは混乱します。

書店ナビ確かに。一方的に相手をコントロールすることはできませんね。2021年4月の時点で『馬語手帖』の売上が1万部を超えていることからも、河田さんのメッセージが時代に求められていることが伝わってきます。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

モダン語漫画辞典

モダン語漫画辞典
中山由五郎著/田中比左良・河盛久夫画/東郷青児装幀  洛陽書院
古本屋らしく古書から一冊。1932(昭和6)年に刊行された当時の現代語辞典。30年代は大正デモクラシー後の日本に新しい外国語「カフェ」や「モダンボーイ」「モダンガール」などの言葉が入ってきて大流行した時代。「エロ・グロ・ナンセンス」もブームになり、そんな狂騒的な時代をユーモアと皮肉を織り交ぜながら紹介している。

書店ナビこれはもう、読者の皆さんにページを見ていただいた方が早いですね!

「モダる」まである!

「モダン」を動詞化した「モダる」まである!「モタン・ボーイ」の解説、ディスりがすごい。

無辜(むこ)

「主産夫」とは「無辜(むこ)の女房を十月十日も苦しめるという残虐(?)をあえてする男」。

福田今読んでもわかる言葉や「とっつぁん坊や?何だそれ?」と吹き出すような言葉、それを解説するイラストの面白さがあいまって読み物としてめちゃくちゃ面白い辞典です。
1930年代初頭からもう少し時代が進むと日本の軍国主義が強まり、そこから先は国や権威を笑う風刺が死んでしまう。そこに至る直前の、外国かぶれの風潮を思いきり揶揄する皮肉がきいています。

こういう言葉の縦軸を知る奥深さだけでなく、装幀や紙の質感から当時の雰囲気が伝わってくるところも、古書の魅力の一つだと思います。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

漢詩 美の在りか

漢詩 美の在りか
松浦友久  岩波書店
「漢詩における美の在りか」をその「こころ」と「かたち」の密接不可分な関わりの中でとらえる。詩の「かたち」が詩の「こころ」にどんな質的・性格的な働きかけをするのか、という点がリズム構造などを通して精密に解き明かされてゆく過程はわくわくする。

福田私もそれほど漢詩に詳しいわけではないんですが、李白の詩は昔から好きで…

牀前看月光 牀前 月光を看(み)る
疑是地上霜 疑うらくは是(これ)地上の霜かと
擧頭望山月 頭(こうべ)を挙(あ)げて 山月を望み
低頭思故郷 頭(こうべ)を低(た)れて 故郷を思う

福田漢詩の解説書は他にもたくさんありますが、この本の出色は第5章[「文語自由詩」としての訓読漢詩](注:「自由詩」に強調の句点あり)。ここだけでもぜひ読んでいただきたいです。

書店ナビ夏目漱石や森鴎外も名を連ねる日本の知識人たちに脈々と受け継がれてきた漢詩の教養。その背景には絶句(四句)や律詩(八句)などの漢詩を書き下すーー「國破山河在」という原詩を「国破れて山河在り」と訓読する「自由詩」としてのリズム(ここでは六・五調)が、五・七・五で構成される俳句や和歌の定型詩に対して「非定型詩のリズム」として機能していたのではないかという論ですね。

福田ええ、中国の漢詩に限らず欧米にソネット(十四行詩)があるように詩には定型と非定型があり、両者が緊張関係にあることで詩歌の世界が膨らんでいくものだと考えられています。
ところが日本の場合、俳句や和歌といった定型詩に対して非定型詩の席が空いているように見える時代が平安前期以来長くありました。しかし実は異質な音感とリズム感を持つ訓読漢詩が日本語の非定型詩である「文語自由詩」として補完的な役割を果たしてきたのではないか、という松浦さんの分析が非常に刺激的で、他では読めない面白さをはらんでいます。

日本人の対句表現に対する欲求を、実は漢詩が満たしているという指摘にも唸りました。
例えば与謝蕪村の「菜の花や/月は東に/日は西に」の「月と日」「東と西」は意味・視覚的には対句になっていても音数律的には完璧な対句にはなっていない。そこで杜甫の「江碧鳥逾白 山青花欲然」(江碧にして 鳥は逾々白く 山青くして 花は燃えんと欲す)を訓読した場合を例にとると、視覚的には原詩の対句の定型性を味わいつつ聴覚的には訓読の自由律リズムで対句を味わうことができる。「なるほど!」と膝を打つ思いです。

書店ナビこういうことを教わっていれば、学生時代の漢詩の授業ももっと楽しめたかもしれません。

福田本書で引用されている詩はどれも美しく、しかもお求めやすい新書です。気軽にお手にとっていただけると思います。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

エコラリアス 言語の忘却について 

エコラリアス 言語の忘却について
ダニエル・ヘラー=ローゼン  みすず書房
イタリアの哲学者ジョルジュ・アガンベンの英訳者であり、10か国語を操る碩学ダニエル・ヘラー=ローゼンによる言語哲学エッセイ。ヤコブソン、カネッティ、カフカ、ドゥルーズ、チョムスキー、スピノザ、ベンヤミン、ダンテなど、おびただしい数の言語や異なる時代のテキストが引用される21の断章はそれぞれがゆるやかなつながりを持ち、まるで言語哲学変奏曲のよう。

福田本書の初版発行年は2018年であり、私の2018年のベストワン。久しぶりに「読書って面白い!」と感じながら、読み終えるのがもったいなかった本です。

書店ナビダニエル・ヘラー=ローゼン、すごい人なんですね。巻末の解説を読むと、古今東西の言語だけでなく文学にも精通している「現在世界で最も注目を浴びている哲学者の一人」なのだとか。

福田天才です。1974年にフロイトの伝記作家である父と比較文学者である母との間に生まれたヘラー=ローゼンは、フランスの中世寓意文学『薔薇物語』に関する博士論文でたちまち脚光を浴び、アメリカのブリストン大学で比較文学研究の教授職を得ます。
彼がこの本を書いたのはまだ30代のとき。赤ん坊が話す喃語から始まり、それぞれの言語の生成や消滅についてバリバリの言語学文献だけでなく古典や神話なども例にひもといていく。

その引用文献をヘラー=ローゼンは実にいろんなところから引っ張ってくるので、読んでいるこちらは気が遠くなりそうになりながらも面白くてやめられない。
例えば彼が引用するダンテを読んだ後にもう一度この本を読めば、きっと受け取るものが変わってくるはず。言語に興味がある人にはぜひ読んでほしい一冊です。

この本をここまで面白くしているのはヘラー=ローゼンの「難しいことを優しく書く」という腕前あってのことですが、それを日本語に移した、詩人であり英仏語に精通した翻訳家・関口涼子さんの超人的な翻訳の功績も大きいと思います。
フランス語版と英語版、両方の原著にあたり、素晴らしいお仕事をされています。
ヘラー=ローゼンの著作はあと6冊ほどあって、日本語ではまだ翻訳されていません。ということは日本語版が出るまで洋書で読むしかない。
いつか「ヘラー=ローゼンを読む」みたいな読書会をやれたらいいなと考えています。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

sweethearts

sweethearts
Emmett Williams  Walther König
前衛芸術運動「フルクサス」のメンバーでありコンクリート・ポエトリーの作者としても有名なエメット・ウィリアムスの傑作。1967年に出版されたものの復刻版。「sweethearts」という11文字11行のグリッドを使い「恋人」という単語の可能性と限界を探る。その溢れるユーモアにクスリとさせられ、時にはしんみりとなり、しまいには壮大な愛の物語を読み終えた気分にもさせられる稀有な作品。

福田先週お話ししたとおり、「円錐書店」の店名の由来にも関わる詩人の北園克衛(きたぞの・かつえ)も参加していたコンクリート・ポエトリー。
一言で言うと、文字を物質として扱い、デザインや配置の妙を楽しむ世界です。浮世絵の寄せ絵(だまし絵)なども同じ文脈に入りますね。

アルファベットならではのことば遊びと動きをパラパラ漫画のように楽しむことができますが、この本をただのことば遊びだと思って侮ると、とんだしっぺ返しを食らいます。
芸術において制約がいかに創造を喚起するかという好例です。

11文字11行のグリッド全てが埋まっているパターン。これがスタートページ。

11文字11行のグリッド全てが埋まっているパターン。これがスタートページ。

それがだんだんこんな風

それがだんだんこんな風になり……

こんなことにもなる

こんなことにもなる。wheeeeeeeeeは喜びの爆発にも読めるし、w(woman)にheが落ちていくとも読めそう。

書店ナビことば遊びだけでなく、恋人たち(sheとhe)が出会っていろんなことが起きて最後は…というドラマとしても見応えがありますね。まるで映画のよう。

福田ですよね。”wet sweet sweat”なんてちょっとエロチックなときもあれば、瞑想的な詩行や環境問題に対する皮肉と思わせる部分もある。甘くてビターな《デザート》です。

ごちそうさまトーク 他者が行き交い、自分も店もひらかれていく場に

書店ナビ馬語から始まり、モダン語、漢詩、言語哲学エッセイ、そしてことば遊びが楽しいコンクリート・ポエトリー。
フルコースのテーマ「他者へ、そして言語へひらかれてゆく」を余すところなく表現した6冊でした。

福田詩歌も外国語もコミュニケーションも全ては「他者や言語にひらかれていく」延長上にあり、そこから派生したものだと思います。
自分が何に関心を持っているのか、何を読んできたのか、選書しながらその原点を再認識することができました。

書店ナビ古本屋を開くのも、文字通り「ひらく」という行為の一種ですね。

福田ええ、店を持つということがそのまま自分がひらかれていくことになると感じています。いろんな方がいろんな本、いろんな出会いを持ってきてくださるので私自身もこの場所もひらかれていく。

先日は祖母の医院時代に通院されてた方が来てくださったりして、地域のつながりの面でもこの場が息を吹き返すことができてよかった。
いずれはみなさんにとって「自分の場所」だと思ってもらえるようになれたら嬉しいです。

円錐書店は札幌市中央区南17条西6丁目3-5

円錐書店は札幌市中央区南17条西6丁目3-5。営業時間12:00~19:00(火・水定休) 電話011・213・1366。駐車場1台あり。

書店ナビ福田さんが本屋店主になるまでの道のりは、先週の書店ナビでご紹介しています。未読の方はぜひそちらも合わせてご覧ください。新しい本屋さんの誕生を心からお祝いします。世界にひらく喜びにあふれたフルコース、ごちそうさまでした!

日本の出版社さん ヘラー=ローゼンの翻訳 心待ちにしています!

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