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第579回 札幌市南17条に古書店「円錐書店」オープン!

地下鉄南北線「幌平橋」駅か市電「静修学園前」駅。

福田大道さんの祖母が経営していた内科医院をリノベーションした円錐書店。最寄駅は地下鉄南北線「幌平橋」駅か市電「静修学園前」駅。

[本のある空間紹介]
2023年4月28日開店、札幌市中央区「幌平橋駅」そば
祖母の内科医院を改装した古本屋「円錐書店」はじめました

[2023.7.17]

札幌弘栄堂書店パセオ西店と書肆吉成池内GATE店で本屋修行

久しぶりに札幌市内で個人書店の開業を聞きつけた。2023年4月28日、札幌市中央区南17条西6丁目に元内科医院を改装してオープンした「円錐書店」。店主の福田大道さんに会いに行った。

お店は民家と併設

お店は民家と併設。この丸いサインが目印。駐車場1台。福田さんの母校でもある札幌南高校が目の前に。

福田さんは札幌出身。大学を卒業後、教職に就いたが受験重視の環境に違和感を覚えて退職。その後、今はなき弘栄堂書店パセオ西店やアンティークショップ「UNPLUGGED(アンプラグド)」で働きながら、将来を模索していたという。
小さい頃から本はいつもかたわらにあったが、個人で新刊書店を開業・継続することのハードルの高さは周知の事実だ。
「いくら本屋が好きでも自分で開業なんて無理だろうと決めつけていました」

だが大好きな旅に出ても、気がつけば足が向くのは現地の本屋ばかり。おりしもその頃の書店業界はブックコーディネーターの内沼晋太郎さんが下北沢で実験的な書店「B&B」を開いたり、ブックディレクターの幅允孝さんの活躍がメディアで取り上げられるようになったりと、新しい風が吹き始めていた。
その追い風に可能性を見出した福田さんは、早速行動に出る。客としても好きだった書肆吉成に「働かせてください」と電話をかけたのだという。

「今振り返ると、古書店をやりたいと思った根本には古書に親しむにつれて〈古書の世界の奥深さ〉が見えてきたことがあります。80代の業界大ベテランの方でも市場に行けば見たことのない本や雑誌がある世界。この世界なら一生飽きることなく続けられるのではないかと思ったのが一番の動機かもしれません」

第333回 書肆吉成(しょし・よしなり) 吉成 秀夫さん

www.syoten-navi.com

当時、書肆吉成は札幌市東区の本店とは別に大通りの丸ヨ池内GATEにも店舗を展開。古本だけでなく個性派出版社の新刊も扱い、店の一角でトークイベントも積極的に行っていた(今でこそ古書と新刊両方を扱う書店は珍しくないが、ミックス型書店としてはかなり早い試みだった)。

「その時、店は求人の募集はしてなかったんです。でも電話に出てくれた吉成さんが少し困りながらも『本好きは無下にできない。ちょっと話そうか』と言ってくれて。いずれは独立を視野に入れて、こちらで勉強させてもらいたいとお話ししたら、『今日、池内のスタッフが急に来れなくなったから、福田くん今から行ける?』と。そのまま働くことになりました(笑)」
存在すらしていなかった求人の壁を行動力で突破し、自らの居場所を作り出した。

ということは福田さんの書店員歴は、独自のフェアに力を入れていた新刊書店の札幌弘栄堂書店と、札幌でいち早くミックス型書店を実現していた書肆吉成。とりわけ後者では古書店特有の「買い取り」と「値付け」も見て学んだ。
一般に古書店は、実店舗よりもネットショップの売上をメインにしているところが大半である。
福田さんも当初は実店舗を持たずにネットで開業し、ときおりポップアップ出店をするくらいのイメージを思い描いていたという。

だがそこに思いがけない話が舞い込んだ。
「祖母が数年前に閉じた医院跡を使ったら?という話が身内から持ち上がりまして。住宅街にあることや札幌の中心部からは少し離れたアクセスのことも気になりましたが、思いきってやってみようということになり、2023年2月から本格的に改装を始めました」

元歯医者さんの待合室が今はステキな空間に

元福田医院の待合室が今はステキな本屋さんに。改装はアンティークショップ時代の先輩・同僚が手伝ってくれた。「天井や配線など壊してみないとわからないことがいっぱいあったので、事前に設計図は書かずにやりながら今の形になっていったという感じです」

身長の測定器を発見

身長の測定器を発見!ところどころに医院アイテムが置いてある。

今後は新刊の取り扱いやイベントも。円錐と本の共通点とは?

そうして2023年4月28日に産声を上げた円錐書店のラインナップは、文学や思想哲学などの人文書や広範囲のアート、詩歌を中心に作家性が際立つ国内外の絵本やコミック、ZINEなども並んでいる。

「今後は気になる出版社さんの新刊も取り扱っていく予定です。業界的な括りとしては古本屋ですが、地域の方にとっては親しみやすい〈まちの本屋さん〉だと思ってもらいたい。小さいお子さんや学生さんが一人でも来やすい雰囲気を作っていきたいです。先日も高校生が立ち寄ってくれて、古本が定価で売られていないことに驚いていました。若い彼らにとっては本が少しでも安く手に入るのも大切なこと。その一方で古書好きの方々が満足していただけるものを揃えたいという気持ちもあり、両方のバランスをどうとっていくかが今後の宿題です」

内装工事や什器製作を担当したのはニシムラコウヘイさん

内装工事や什器製作を担当したのはニシナカコウヘイさん@nishinakakouhei。「どうしても木製のものが使いたかった」と福田さん。

昭和の歯科医院らしいガラスブロックの面にも曲線に沿って棚を作りつけてもらった。

昭和の医院らしいガラスブロックの面にも曲線に沿って棚を作りつけてもらった。

昭和の歯科医院らしいガラスブロックの面にも曲線に沿って棚を作りつけてもらった

床にある黒い線が仕切り壁があったことを物語る展示スペース。什器は可動式のものが多く、読書会やトークイベントもできる。

気になる「円錐書店」の由来は「いろんな要素が混じっています。台湾や中国でも『~書店』という名前の古書店を見かけるので、アジア的な視点で見たときに汎用性のある〈なんとか書店〉にしたかったんですが、でも福田書店にはしたくない(笑)。私が敬愛する昭和の詩人・デザイナーに北園克衛(きたぞの・かつえ)という人がいて、円錐が作品に多く登場し『円錐詩集』という詩集もあるくらい。それで『円錐』と『書店』を続けたときに円と店、錐と書の濃さが似ていてバランスが良かった。エンスイという音も好きでした」

それにこれは後づけなんですが、と笑いながら教えてくれた続きにも思わず膝を打つ説得力があった。
「アポロニウスの円錐曲線論によると、円錐は切り方次第で円も楕円も放物線も現れることが証明されています。つまり切る角度によっていろんな図形の断面が現れる。本も見る角度によっていろんな見方ができるもの。ここに共通点を見出しました。ロゴやWEBなどのトータルデザインはベルリン在住のアーティスト・デザイナーの阿部寛文さんにお願いしました」

ユニークな店名に惹かれて円錐小物を贈ってくれる人

ユニークな店名に惹かれて円錐小物を贈ってくれる人もいるという。これからどんどん増えていきそうな予感。

改装中は心配顔だった祖母も完成を喜んでくれて

「改装中は心配顔だった祖母も完成を喜んでくれてほっとしました」と福田さん。

本屋のあり方や求められ方が多様な今、古書・新刊の区分はそろそろ脇に置いてもいいのかもしれない。そこには本との出会いがあるだけだ。
取材後に客として店内をじっくり見せてもらったが、気がついたら取材時間と同じくらいの時間が経っていた。また行きたいし、もっともっといろんな人に知ってもらいたい。

福田さんにはお好きなテーマで5冊選書する「本のフルコース」も考えていただいた。来週はそのフルコースを紹介するので、どうぞお楽しみに!

札幌の古書・古本屋 円錐書店

ensuibooks.com

ensui_books(instagram)

〒064-0917 札幌市中央区南17条西6丁目3-5
営業時間12:00~19:00(火・水定休)
電話011-213-1366  駐車場1台
メール ensuibooks@gmail.com

ライターはこちらを購入。 右上は展示会の図録だった。

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