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第250回 亜璃西社 編集者 井上 哲さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や編集者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.27 亜璃西社 編集者 井上 哲さん

新刊の校了日というタイミングにも関わらず、ご覧の笑顔で取材に応じてくれた井上さん。

[本日のフルコース]
ノンフィクション好きの編集者が魅せられた
「愛すべき人々」フルコース

[2015.11.30]

書店ナビ 札幌で出版と編集を手がける亜璃西(ありす)社さんは、1988年創立の老舗。代表の和田由美さんが率いる「少数精鋭の現場主義」で、北海道に根づいた図鑑やガイドブックを次々と出版しています。
1993年に入社した井上さんは、誰にでも変わらぬやわらかな物腰と、広く浅くがモットーの読書で得た知識で企画を生むベテラン編集者さん。
その井上さんがフルコースのテーマに選んだ「愛すべき人々」は皆さん、実在の人物ですね。
井上 ノンフィクション好きというのもあってこうなりました。「こんな人がいたのか!」という新鮮な驚きと、その人たちに魅せられた著者の筆づかいを通して読んでる僕らもまた感動するという“人物伝”独特の面白さを、皆さんにお伝えすることができたらうれしいです。
【おしらせ】2015年11月26日、亜璃西社さんから新刊発売!

札幌の昭和をテーマ別に切り取る亜璃西社の「グラフィティー」シリーズに待望の新刊が仲間入り。和田由美さんの朝日新聞連載をまとめた『ほっかいどう映画館グラフィティー』は、ただいま全道の主要書店で好評発売中です! どのまちにも映画館があったあの頃の風景が、札幌在住の街並み画家・浦田久さんのあたたかい絵でよみがえります。

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ほっかいどう映画館グラフィティー
和田由美 画・浦田久 亜璃西社
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[本日のフルコース]
ノンフィクション好きの編集者が魅せられた
「愛すべき人々」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

アラスカ 光と風

アラスカ 光と風
星野道夫  福音館書店

1996年に不慮の事故で亡くなった写真家の星野道夫さんが、1986年に上梓した処女作。登山で宿営した山が突然噴火して亡くなった高校の友人や、18才の時に見たアラスカの小村の写真をきっかけに手紙を出してその村へ赴いたことなど、若くして運命的な出会いを重ね、そのチャンスを逃さなかった著者による自伝的な撮影旅行記です。自らの人生を自らの手で切り開くその逞しさと強さを、自分も高校生くらいの時に知りたかったものです。

書店ナビ 写真家でもあり冒険家でもあった星野道夫さん。“前人未到の記録に挑む”という攻めのタイプの冒険家ではなく、ただひたすらに自然の中に分け入っていく彼の生きざまを愛する人は多いですね。
井上 この本は確か30歳ぐらいのときに読んで、紹介文に書いたとおり、星野さんの行動力に圧倒されました。
ひとりテントの中で人生について考える孤独な時間と、その一方で人間は決して孤独じゃないんだという自然との一体感が無理なく共存しているところがすごい。
僕が読んだときは六興出版から出ていましたが、いまは福音館日曜日文庫に入っています。若いひとたちにぜひ読んでもらいたいですね。

亜璃西社はあと2年で創立30年を迎える。応接室の書棚には青い表紙の『さっぽろ文庫』などこれまで手がけてきた本や資料本がぎっしり。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

聞書アラカン一代―鞍馬天狗のおじさんは

聞書アラカン一代―鞍馬天狗のおじさんは 
竹中労  徳間書店

昭和初期、映画版『鞍馬天狗』で一世を風靡した時代劇スターで、往年のヒーローであるアラカンこと嵐寛寿郎。この個性的な人物の半生を、ルポライターの先達である著者ならではの筆力でつづった聞書きです。日本映画草創期の舞台裏を語るアラカンの貴重な証言もさることながら、奔放闊達なアラカンの人間的な魅力を見事に捉えた、著者のアラカン愛に胸を打たれます。 

井上 僕はアラカンのリアルタイム世代ではありませんが、著者の竹中さんは日本で初めて「ルポライター」を名乗った人であり、当社代表の和田が敬愛しているということもあって手に取りました。
書店ナビ 昭和の時代劇スターというと、いまでいうハリウッドのセレブ並みの人気を連想します。なにもかもが豪快そう。
井上 竹中さんとアラカンの丁々発止のやりとりも緊張感があって面白いですよ。なにしろアラカン本人は取材の時点ですでに押しも押されもせぬ大スターなので、この本が売れてほしいとかの名誉欲がない。機嫌が悪いときはインタビューに答えないこともあったようです。
でも後世に生きる僕らは、アラカンを取材した竹中さんの目を通してしか“生きたアラカン”に出会うことができない。「相手のすべてが知りたい!」という竹中さんの思い入れに、読者である僕らもほれこむわけです。

こちらは井上さんの私物、白川書院版。いまは徳間文庫のほうが手に入りやすいかも。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

江戸前の男―春風亭柳朝一代記

江戸前の男―春風亭柳朝一代記 
吉川潮  新潮社

芸人モノを書かせれば天下一品の著者による、江戸っ子芸人・春風亭柳朝の破天荒な生涯を描いた一代記。江戸っ子を絵にかいたような生き方を貫いた噺家が、天性の落語センスで談志・円楽・志ん朝に並ぶ“四天王”となっていく姿が描かれます。昨今の落語ブームのはるか前、1996年に刊行されました。

井上 柳朝といってわからなければ、春風亭小朝の師匠と言えばいいでしょうか。落語にまったく詳しくない僕が夢中になって読めたのは、やはり柳朝という人物にほれ込んだ著者が、その生き方を魅力的に描き切ったからだと思います。
書店ナビ 芸人、特にお笑い芸人は、いまの若いひとたちにとっては身近で「なりたい」職業のひとつかもしれませんが、昭和世代にはいわゆる「かたぎじゃない」印象のほうが強いです。
井上 ですよね。本書でもお客から喝采を浴びるようないいところばかりでなく、ライバルに対する嫉妬や「どうしたらもっとうまく…」という苦悩などのえげつないところもきっちりと描かれています。
自分がどうもへそまがりの人間なので、こういう芸人とか裏街道の人たちが好きなんです。世の中に対する背の向け方に共感するところがあります。

「まあ、うちも王道を行くというよりはニッチなところを狙う、ちょっとへそまがりの出版社かも」と笑う井上さんの背後には、“北海道でなければつくれない本”づくりを続ける亜璃西社らしいタイトルが並んでいる。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

浅草博徒一代―アウトローが見た日本の闇

浅草博徒一代―アウトローが見た日本の闇
佐賀純一  新潮社

作家でもある開業医の著者は、たまたま患者として出逢った一人の老人の人生を聞書きすることになります。その老人・伊地知栄治とは、大正から昭和にかけて浅草一帯を仕切り、関東大震災から太平洋戦争までを生き抜いた博徒の親分でした。その愛と波乱に満ちたアウトロー人生をつづった本書からは、伊地知栄治という人物に魅せられた著者の愛情と共感が確かに伝わってきます。

書店ナビ お医者さんが書いた親分の本、というこの設定がもう、すごいですね。
井上 著者の佐賀さんが伊地知栄治という人物に引き込まれちゃったんでしょうね。波瀾万丈の人生をテープに録音したものの、いざ書こうとしてテープを頭から聞き直していったらいっこうに前に進まない。思いきって記憶を頼りに書き始めたら一気に書けた、というエピソードも面白かったです。
“昭和の博徒”というと高倉健さんの任侠映画のイメージが強いですが、そんなにしょっちゅう抗争をしてるわけじゃないんだな、ということもわかりました(笑)。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

街のはなし

街のはなし 
吉村昭  文藝春秋

歴史小説で知られる作家ですが、この人の書くエッセイも実に味わい深いのです。特に本書は、生活の中で出会ったさまざまな人々のことをつづったもの。吉村さんからすると、街には不可思議な人々が数多くいるようです。でも、実はそう書いているご自身がかなり個性的な人物であり、何度も笑わされてしまいました。こういう人、好きだなあ。

書店ナビ 吉村さんといえば『羆嵐』や『三陸海岸大津波』といった骨太のノンフィクションの名手ですが、エッセイ集もあるとは知りませんでした。ちょっと拝見しますね(ぱらぱらとめくる)。
街でよく見かけて顔を覚えてしまった“ころび癖”のある女性がジョギングしているところに出くわして、内心「あなたはころび癖があるから気をつけた方がいい」と思う…
同じ作家でもある夫人、津村節子さんのことを同席者がいる前でなんと呼べばいいのか悩んだ末に“奥さん”と「まるで出入りの業者」みたいに呼ぶ…吉村さんのちょっとトボけた一面ですね。
井上 節子夫人は著書『玩具』で芥川賞を受賞した人で、何回も候補に選ばれるもののそこで足踏みをしてきた吉村さんはちょっと思うところがある(笑)。エッセイでもちょくちょく奥さんのことを話題にしていますが、きっと節子夫人は内心イヤだったんじゃないかなあ。
とまれ、何を書いても本人が生真面目な分だけこっちはおかしくてたまらないエッセイ集です。

「編集者は作家やライターが書いた原稿の面白さを“本”という形に定着させる通訳みたいなもの。責任重大ですが、面白い本ができたときの快感は格別です」

ごちそうさまトーク 「ブラタモリ札幌編」の制作に協力

書店ナビ 今年11月にNHKで放送された人気番組「ブラタモリ札幌編」の協力クレジットに亜璃西社さんのお名前が載っていました。
井上 うちが特別というわけではないんですが、どうやら「ブラタモリ」の制作では事前に必ず、テーマとなる地域の地元出版社を訪ねて情報収集をしているようです。
うちに来たのは、2012年に地図エッセイストとして知られる堀淳一さんの本『地図の中の札幌』を出していたから。
番組に登場した札幌の市電に詳しい和田哲さんのこともご紹介しました。実は彼も同業者で、『O.tone』を出しているあるた出版さんの編集者です。

新旧180枚の地図が載っている『地図の中の札幌』は現在在庫切れ。2014年には同じ著者による『北海道 地図の中の鉄路』も発売された。

書店ナビ マニアックな内容や本体6000円という価格設定も含めて亜璃西社さんらしい大胆な企画力から生まれた専門書を、ちゃんと評価してくれる人がいたんですね。
今回の「愛すべき人々」フルコースの選書を見ても、編集者・井上哲さんの“人の気持ちを汲みとろうとする姿勢”が伝わってきます。
井上 うーん、自分では人ぎらいのつもりがやっぱり人が好き、になりましたねえ。なんだか気恥ずかしいです。
書店ナビ 主人公の生きざまを知ろうとして実は書き手を含めた二人を知る、人物伝ならではの濃いくちフルコース、ごちそうさまでした!

2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんや編集者の方にお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。

《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。

読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。

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