北海道書店ナビ

第234回 時計台書房




5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.11 時計台書房 堀川 佳和さん

3つもフルコースを提案してくださった図書館ネットワークサービス営業の堀川さん。


[本日のフルコース]
知る喜びに満たされて、読後スッキリ!
異ジャンルで見つけた「これもミステリ小説」

[2015.8.10]






書店ナビ 札幌市役所の地下1階にある時計台書房。市役所の全フロア(19階!)や近隣の企業を得意先とする、わずか20坪弱の小さな本屋さんです。
経営するのは株式会社図書館ネットワークサービス。全道の図書館、学校との取引を柱に、時計台書房などの店舗運営も行っています。
同社の営業、堀川佳和さんにフルコースの作成をお願いしたところ、なんと出てきたコースは3種類!「ど、どれをメインにご紹介しよう?」とうれしい悲鳴をあげた取材班ですが、ここは素直にご本人に聞いてみることにしました。
フルコース3種のテーマは「まさにミステリ小説」「読みたい!でもちょっと恐い!」「青春そして炸裂するオレ」。どれも面白そうなテーマですが、どうしても1つに決めるとしたら堀川さんのイチオシはどれですか?
堀川 最初に考えたのは「恐い」系ですが、幅広いジャンルをカバーできたと思うのは「まさにミステリ小説」。「青春」に取りかかったときはもうヘロヘロだったので(笑)、やっぱり「ミステリ」でお願いします。
書店ナビ 以前クローズドミステリ」のフルコースをお届けしたことがありますが、堀川さんの考える「ミステリ小説」はどうやら定義が少し違う様子。今回もまたワクワクさせてくれるフルコースの始まりです!


[本日のフルコース]
知る喜びに満たされて、読後スッキリ!
異ジャンルで見つけた「これもミステリ小説」

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

美しき姫君  発見されたダ・ヴィンチの真作

美しき姫君  発見されたダ・ヴィンチの真作
マーティン・ケンプ、パスカル・コット  草思社

無名作家の作品としてオークションに出品されていた絵がダ・ヴィンチの真作と鑑定されるまでを緻密に描いたドキュメント。描法、時代背景、モデルなど絵にまつわる事柄がひも解かれていくさまは、まさにミステリ小説!





書店ナビ 巨匠の真作か贋作かを見極める美術ドキュメント、これは確かに謎解きの面白さが詰まってますね。
堀川 使っている画材を調べたり、顔の構図を他のダ・ヴィンチの絵画と比較したりしながら徐々に鑑定結果を絞り込んでいく…「謎や疑問がほどけていくのをドキドキしながら読んでいく」という意味での「ミステリ小説」の“前菜”にはちょうどいいと思って、これを選びました。
頑張れば中学生も読めると思うので、夏休みの感想文にもおすすめです。


スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か

ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か
エリヤフ・ゴールドラット  ダイヤモンド社

工場閉鎖の危機に立ち向かう工場長アレックス。「制約条件理論」をわかりやすく説明するビジネス本です。科学的かつ合理的に理論&物語を進めていく展開は真犯人を追いつめるようで、このドキドキ感はまさにミステリ小説!







書店ナビ 小説の体裁をとっていますが、中味は生産効率の向上に取り組むビジネス本。著者のエリヤフ・ゴールドラット氏が提唱する「制約条件理論」の「制約」とは、日頃私たちが使っている「ルール」という意味とは異なり、「(会社や工場などの)システムの目標達成レベルを決定づける要因/要素」なのだとか。…すみません、わかったフリをしたいんですが全然わかりません(笑)。
堀川 例えば100人101脚で考えると、一番速い子に歩調を合わせると遅い子はついていけずに転んでしまい、その結果列が崩れてしまいますよね。でも一番遅い子に歩調を合わせると100人が転ばなくなるし、さらにその子を鍛えれば列全体のスピードが上がって順位が上がる。ここでいう一番遅い子が制約条件理論の「制約」にあたります。
書店ナビ なるほど!例えがわかりやすくてスッキリしました。堀川さん、説明がお上手ですね。
堀川 いえいえ、別に100人なんて大人数にすることはなかったんですが(笑)。制約条件はボトルネックともいうので、詳しく知りたい方はぜひ本書をご覧ください。部分を見つつ、全体を見る。生産効率を上げるための原因探しの本でもあると同時に、チームワークの大切さを教えてくれる一冊です。



魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

本能寺の変 431年目の真実

本能寺の変 431年目の真実
明智憲三郎  文芸社

明智光秀の子孫が従来の歴史操作を解体。緻密に事実を積み上げ、状況証拠を示し、「本能寺の変」とは何だったのか、歴史とはどういうものかを明らかにします。歴史の霧から真実に目を開かせてくれる体験は、まさにミステリ小説!





書店ナビ 本能寺の変で主君、織田信長を討つも“三日天下”ののちに豊臣秀吉によって倒された武将、というのが、私たちがよく知る明智光秀像です。
堀川 私もずっとそう信じていて、「え? 明智光秀って滅ぼされた人なのに子孫が生き残ってるんだ」という驚きが、この本を手に取った動機でした。
本能寺の変は日本人が大好きな歴史ミステリのひとつですが、豊臣秀吉が織田信長の仇討ちで明智光秀をたおした、というのは実は太平洋戦争中の軍事教育の一環で、忠君の思想を国民に浸透させるためだった…という話から明智光秀が謀反を決意した“真の動機”にいたるまでを丁寧に分析したノンフィクションです。
歴史の定説は勝者が作るものと言いますが、なにを信じるかは読み手の自由。多くの人が歴史ミステリを愛する理由もそこにあると思います。


肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

精神分析入門 上巻

精神分析入門 上巻
フロイト  新潮社

精神分析学者フロイトの講義録。一般市民向けに行われた講義が元になっているので入り込みやすいです。明快な論旨のなかにも反論したくなるヒントが意図的に盛り込まれおり、そこを拾って読みこみフロイト(著者)が仕掛けたどおりの導線をたどっていく過程は、まさにミステリ小説!








書店ナビ 一般向けとはいえ、あのフロイト先生の講義録。ちょっと腰が引けてしまいそうです。
堀川 朝、会社に行って「おはようございます」と言うところをなぜか「お疲れさまでした」と言ってしまう。それは発話者の「もう帰りたい」という無意識のあらわれではないか、という「言い違い」を含めた「錯誤行為」など、私たちの日常に当てはまる話題も多いので、そう肩に力をいれなくても大丈夫です。
読んでいくうちにところどころ、フロイトの説に異を唱えたくなるところも出てくるんですが、フロイトはその展開すらもお見通しで、ちゃんと最後は自分の説で聞き手が腑に落ちるようになっています。
書店ナビ それはまたいやらしいです、フロイト先生。
堀川 (笑)この本の面白さはそういうところも含めて「前のページでは何と言ってたかな」と何度も前に戻って読み直すところ。相手の主張がきちんと頭に入るまで行きつ戻りつ読み直すという姿勢は、人の話の聞き方にも通じるところがあると思います。わかるまで丁寧に聞き直して、いったんは相手の主張を受け入れてみる。
私にとって読書とは「まずは一冊まるまる著者の話を聞こうじゃないか」という感覚。読んでいる時間も楽しいですが、がっつり“聞き終えた”あとの達成感もまた、いいものです。



デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

42.195kmの科学 マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」

42.195kmの科学 マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」
NHKスペシャル取材班  角川書店(角川グループパブリッシング)

マラソンにおける熾烈な争いを裏で支えるスポーツ科学。人類はいかにマラソンを高速化させてきたのか? 一流選手の肉体・走法を分析し、人類が2時間を切るその日を記述していく爽快さは、まさにミステリ小説!







堀川 趣味でマラソンをしているので気になって手に取りました。NHKスペシャルで放送された内容です。エチオピアやケニアの選手はなぜあんなに速いのか。その強さの秘密と「つま先着地」の関連性に迫ります。
書店ナビ 堀川さんのランナー歴はどれくらいですか? 北海道マラソンに出たことは?
堀川 走り始めて5年になりますが、一応これまで北海道マラソンは完走しています。いまの目標は4時間を切ること。週に1、2回20〜30km走っています。え?「走る本屋さん」は珍しい? いえいえ、この業界は結構走っている人が多いんです。私はまだまだ若輩です。

「走る本屋さん」の堀川さん。確かにぜい肉のないスレンダーな体型でした。
「いつか奥尻ムーンライトマラソンも走ってみたいです」


ごちそうさまトーク 真夏の怪談と自我が炸裂するオレ

書店ナビ ここからは堀川さんが提案してくださった他のフルコース2種を駆け足でご紹介します。
第二のコース 「読みたい!でもちょっと恐い!」

前菜
怪談オウマガドキ学園編集委員会
『怪談オウマガドキ学園』
 
「児童書ならではのシンプルな言葉づかいは大人が読むと恐さがストレートに。北海道出身の村田桃香さんのイラストです」

スープ
京極夏彦著『あずきとぎ』

「夏の涼しげな川、近づかないほうがいいんです。町田尚子が絵に仕掛けた視線が京極夏彦の妖怪えほんにぴったり」

魚料理
メアリー・シェリー著『フランケンシュタイン』

「タイトルは実は怪物の名前ではありません。怪物と博士の関係はさまざなな解釈が可能。そこがこの本の恐いところ」

肉料理 夏目漱石著『文鳥・夢十夜』
「『夢十夜』の[第三夜]を読んでください。読後は息苦しい嫌な気持ちになるので要注意です」

デザート
ジャック・デュケノワ著『おばけ、ネス湖へいく』

「うちの4歳の娘はこの絵本のおかげで、幼稚園に入るまでおばけはかわいいものだと信じてました」

「2、3歳のお子様への読み聞かせにもおすすめです」



第三のコース 「青春そして炸裂するオレ」

前菜
町田康著『きれぎれ』

「本作で芥川賞受賞時には文学のパンクともラップとも称されました。一人称の扱いが空前絶後!読みこむほど深いです」

スープ
ジャック・ケルアック著『オン・ザ・ロード』

「7年間の放浪後3週間で書き上げられた自伝小説。ここに書かれてあるサバイバルドライブ術で助かったことがあります」

魚料理
太宰治著『走れメロス』(新潮文庫)収録
「ダス・ゲマイネ」

「登場人物に太宰治自身が登場する、青春と創作の狭間を感じ取りたい作品。太宰の晩年は忘れて読んでほしいです」

肉料理
赤瀬川原平著『反芸術アンパン』

「昨年亡くなった赤瀬川さんトリビュートです。1960年代の前衛芸術ドキュメント。青春と才能と時代のエネルギー」

デザート
キース・リチャーズ著
『Gus & Me ガスじいさんとはじめてのギターの物語』

「ザ・ローリング・ストーンズのギタリスト、キースが作ったCD付きの自伝的絵本。祖父との絆を描く心あたたまる内容です」

「2014年9月に出版。CDはキース自身が絵本を朗読・演奏しています」







堀川 仕事柄、お客様が学校の先生や司書さんなので、こちらもあらゆるジャンルに精通していないと信頼していただくことはできません。今回メインにした「これもミステリ本」は“前菜”から順に、美術・ビジネス・歴史・哲学・スポーツという異なるジャンルから選ばせてもらいました。
書店ナビ 「知る喜び」を与えてくれる本を「これもミステリ小説」と定義した切り口が秀逸でした。ランナーがゴールのテープを切る瞬間同様、読後の達成感を味わえるフルコース、ごちそうさまでした!







2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんにお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。

《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。

読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。

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