北海道書店ナビ

第398回 翻訳家 柴田 元幸さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.138 翻訳家 柴田 元幸さん

アメリカの絵本作家エドワード・ゴーリーの翻訳本はほぼ全作、柴田さんの訳により河出書房新社から出版されている。

[本日のフルコース]
北海道ブックフェス2018のゲストで来道!
翻訳家柴田元幸さんの《自薦》本フルコース

[2018.10.22]

書店ナビ 今年9月に開催された北海道ブックフェス2018の

hokkaidobookfes.wixsite.com

ゲストでいらした翻訳家の柴田元幸さん。

札幌・江別の4会場でアメリカ文学やエドワード・ゴーリーをテーマにしたトークツアーを行い、北海道の文学ファンを楽しませてくれました。

そのハードなスケジュールの合間を縫って9月15日、江別市大麻銀座商店街の古書店「ブックバード」2階をお借りして、5冊のおすすめ本をご紹介いただきました。
翻訳キャリア30年という柴田さんの数ある翻訳本・著書のなかから、なぜこの5冊を推したのか。たっぷりとうかがっています。

[本日のフルコース]
北海道ブックフェス2018のゲストで来道!
翻訳家柴田元幸さんの《自薦》本フルコース

シカゴ出身《世界を肯定する才能》を日本に紹介したい!

シカゴ育ち
スチュアート・ダイベック/著 柴田元幸/訳  白水社

七つの短篇と七つの掌篇が織りなす美しく力強い小説世界。シカゴに生まれ育ったダイベックは、ユーモアと愛惜をこめてこの古い湖岸の街の人間模様を描き出す。

書店ナビ 最初は1992年に発刊され、2003年に白水Uブックスに入った『シカゴ育ち』。著者は1942年生まれのスチュアート・ダイベックです。
新書化されたときの帯のコピー「いままで自分が訳したなかで最高の一冊」という柴田さんの一言が強烈ですね。
柴田 本当にこういう表現を使っていいのか、編集者とも話し合いましたが、当時国内ではまだあまり読まれていなかったダイベックをなんとしても日本の読者に読んでほしいという思いもあり、このコピーにしました。
うれしいことに、「柴田さんの翻訳本の中で『シカゴ育ち』が一番好きです」と言ってくださる方々も多いように感じます。

ダイベックの魅力は、世界を肯定する才能があるところ。シカゴと他のまちを比較していても、決して他者を否定しない。
構成もシカゴというまちが主人公ですから、主人公がひとりであとは脇役ということもなく、登場人物皆が等しい権利を持って動きまわっています。

書店ナビ 傑作と名高い『荒廃地域』はまるで1本の青春映画を観ているようでした。ファンの方それぞれに「お気に入りの作品」があるでしょうね。
柴田 野球好きの人は『右翼手の死』が好きだとかね。あと、ダイベックは音楽の使い方がとっても上手。『荒廃地域』のロックンロールや『冬のショパン』のクラシックなど、物語にふさわしい音楽が紙面の底を流れています。

日本の読者に届くまでに時間がかかった作家ですが、届けばしっかりと愛してくれる読者がいる。その実感をつかむことができた一冊です。
ご本人もぼくのことを信頼してくれて、会えば心を開いていろいろと話してくれる。訳者冥利に尽きます。

ふたりのエドワード本、英語の押韻を日本語の七五調に変換

ジャンブリーズ
エドワード・リア/文 エドワード・ゴーリー/絵 柴田元幸/訳 河出書房新社

詩人リアの傑作5行詩(リメリック)に、奇才ゴーリーが絵を描いた! ジャンブリーズが住む海の向こうへ……。ふたりのエドワードによる、ナンセンスにあふれたごきげんな絵本!

柴田 詩人でもあったエドワード・リアは19世紀のヴィクトリア朝に活躍した児童文学作家で、ルイス・キャロルと双璧をなした人。
キャロルは数学者で、リアは画業で食べていた。どちらも作家が本業ではなく、ただ子どもが好きで子どもたちのために本を書いた。その純粋さが後世の我々をも魅了しているのかもしれません。
書店ナビ 英詩は3行目の最後が”say”で終わるなら、4行目の最後も”day”で終わる、というふうに韻を踏んでいます。その押韻をどう訳に反映させるのかが難しかったのでは?
柴田 翻訳は原文と翻訳を”等価”にする作業ですから、英語圏の人たちは自然に使える押韻を、異なる言語体系をもつ日本語に移すというのは、どうしても不自然になってしまいます。
となると、日本人の我々が子どもの頃からなじんでいる七五調、これを取り入れることで原詩のはずむようなリズムを再現し、さらに「るいにのってなでした」「めるもらを」「れるらしを」(赤字:書店ナビ)といったテンポのいい頭韻を盛り込めたところが、自分でも気に入っています。

右ページは柴田さんお気に入りの一枚。「形式美というとつまらないものに思われるかもしれませんが、ここまで追求していればアートです」

書店ナビ 絵を描いたエドワード・ゴーリーは、日本にも熱狂的なファンがいます。気味の悪い虫が主人公だったり、子どもがひどい目にあったりと小学校の図書館には置きづらいような内容ばかりですが、なぜこんなにも世界中で愛されているのでしょうか?
柴田 それはおそらく、登場人物がみんなにこにこ笑って大団円、というような従来の絵本の画一性に飽き飽きしている人たちがいた、ということなんだと思います。
ゴーリーの作品を読むと、絵本とはこういうものなんだというお約束から解放される。

以前、不登校の子どもたちが大人にインタビューする企画があり、僕のところにも取材に来たんですが、彼らが聞きたかったのはゴーリーの話。
残酷だからよくないとか、そういう表面的な世界の向こう側を見ようとする聡い子どもたちの心にゴーリーの世界が響いたんでしょうね。

書店ナビ 柴田さんのインタビューを含む全国不登校新聞社編『学校に行きたくない君へ』は今年8月からポプラ社より好評発売中です。

英米文学の「食」場面を編んだ柴田さんのフルコースエッセイ

つまみぐい文学食堂
柴田元幸/著  角川書店

O・ヘンリーのライスプディング、カポーティのフルーツ・ケーキなど、一皿の表現が作品の印象を決めるような食にまつわるあれこれを綴った、柴田節光る異色エッセイ。吉野朔実さんのイラストつきでお届け。

書店ナビ 今回の5冊中唯一の柴田さんが書いたエッセイ本です。帯には「つまみぐい、積もり積もれば、フルコース」というコピーがあり、さらに目次を見てビックリしました!
「メニュー」「オードブル」「魚」「肉」「スペシャル」「ベヴァレッジ」「デザート」と、私ども「本のフルコース」企画よりもさらに細かいメニュー別に、英米文学に出てくる食の場面が編集されています。
柴田 角川書店編集者の蒲田麻里さんがどんどんアイデアを出してくれて、まずは角川のPR誌『本の旅人』に連載し、単行本化にあたってもこんな風に”料理”してくれました。

食のエッセイを、と言われても、ぼくはおいしい食べ物の話にはあまり興味がなくて、よくわからない味とかおなかが空いている話が好き。
基本は三題噺なので、毎回「あの話とあの話を結びつけて……」と考えるのに知恵を絞りましたが、これを書いていた10年以上前はぼくも若くて連想がよくはたらいた。
特にメモをとっておかなくても「この食材の話なら、あの作品のあの場面」とすぐに思い出せたんです。今ではこうはいかないだろうなあ。
やはり読書は、若いうちから読んでおいたほうがいい。作品が体に染みこむ深さが違います。

英米詩を解釈する柴田翻訳&きたむら絵画訳アンソロジー

アイスクリームの皇帝
きたむらさとし/イラスト 柴田元幸/訳  河出書房新社

エミリー・ディキンソン、ラッセル・エドソン、ルイス・キャロル…名翻訳家柴田元幸が選び抜いた英米詩を英語・日本語の対訳で味わう大人の絵本。時代を超えて心に響く世界の詩のアンソロジー。

書店ナビ もとはフリーペーパー『At Once』(JTBパブリッシング)『relations.(リレーションズドット)』(リレーションズ)で連載していたイラストと詩のコラボレーション企画。
柴田さんが詩を選んで翻訳し、イラストレーターのきたむらさんがそれに絵をつけるという流れでしょうか?
柴田 それがですね、イギリスで活躍されているきたむらさんは英語が堪能で、ぼくの訳がなくてもまったく支障がないくらい。
「次はこの詩をやるから」と知らせると、訳よりも早く絵が完成して送られてくる、なんていうことも多々ありました。
書店ナビ 22篇の作品ごとにきたむらさんのタッチがガラリと変わり、画風の幅の広さに驚きました。
柴田 ええ、彼もこのカラー見開きの場を実験的な空間として楽しみながらやってくれたようで、実はきたむらさんの絵こそが単なる挿絵ではなく原詩のもうひとつの翻訳になっています。
書店ナビ 柴田さんがお好きな《絵画訳》は?
柴田 ルイス・キャロルの「ワニさんいったいどうやって」は、見開きの使い方が見事ですよね。
表題にもなっている「アイスクリームの皇帝」は、もともと難解な作風で知られるウォレス・スティーヴンス作。これにはもう、ぼくもきたむらさんも「さっぱりわからない」とお手上げ寸前(笑)。
でも合わせてみると、それなりにしっくりくるものになりました。

書店ナビ 詩に詳しくない方でも見ているだけで楽しい一冊なので、今年のクリスマスプレゼントに使ってもらえるといいですね!

アメリカ文学の古典に挑み、「ハック英語」の新訳を完成!

ハックルベリー・フィンの冒けん
マーク・トウェイン/著 柴田元幸/訳  研究社

「トム・ソーヤーの冒けん」てゆう本をよんでない人はおれのこと知らないわけだけど、それはべつにかまわない。あれはマーク・トウェインさんてゆう人がつくった本で、まあだいたいはホントのことが書いてある。(本文より)
柴田元幸がいちばん訳したかったあの名作、ついに翻訳刊行。オリジナル・イラスト174点収録。訳者による作品解題付き。

書店ナビ 本書はアメリカ少年文学の代表作『トム・ソーヤの冒険』の続編、トムの親友ハックルベリー・フィンを主人公にした物語です。
今回選んでいただいた5冊のなかでも最新刊で、2017年12月に出版されました。
拝読しましたが、ハックのお父さんがひどすぎます! 飲んだくれるわ、子どもに手をあげるわで、ハックが父親の元から逃げ出せたときほっとしました。
柴田 ハックの父親は、文明の外にいる野蛮な存在。でもハックにとって父親と同じくらいうっとおしいのが、やんちゃなハックを文明人にしようとするおばさんたちの存在です。ハックはこの両方から逃れようとして、いかだに乗ります。
一方、ハックと一緒にいかだに乗る逃亡奴隷のジムを見ていくと、はじめは迷信深いあほうな黒人でしたが、徐々に「友達に恥をかかせる人間はクズだ」とまっとうなことを言ったり、危険も省みずに傷ついたトムのために行動したりと、ハックを人として導く存在になっていく。
そう考えるとこの冒険譚は、ハックが血のつながった父親を離れ、真の父親的な存在と出会う物語だと読み解くこともできるわけです。
書店ナビ ハックの一人称で語られる原文は、「ハック英語」ともいうべき、スペルや文法が間違ったつたない英文で書かれています。
柴田 訳している間は、ハックが書いているんだということをつねに念頭に置いて、「この漢字はハックに書けるのか」と自問自答する日々でした。
タイトルの「冒険」も「冒」は大丈夫だろうけど「険」はキビシイだろう、そう思って「冒けん」としています。

『ハックルベリー・フィンの冒けん』を読んでから現代アメリカ文学の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読むと、より物語が立体的に見えて理解が深まっていく。
マッチョなイメージが強いヘミングウェイの作品すらも『ハック』抜きでは考えられないアメリカ文学の文脈上に位置します。
その一冊を読むと、他の本もよりよく見えてくる本を古典と呼ぶならば、『ハックルベリー・フィンの冒けん』は本物の古典。
その翻訳に携われたことは幸せですし、一番新しいことをやれたという自負もあります。現時点で自分の訳業のベストワンだと思います。

●ごちそうさまトーク ゴーリーの新作も好評発売中!

書店ナビ 5冊を振り返って、本企画「本のフルコース」お約束の[前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート]にあてはめるとしたらどうなるでしょうか?
柴田 うーん、むずかしいなあ。メインの二皿は『シカゴ育ち』と『ハックルベリー・フィンの冒けん』。デザートはやっぱり『アイスクリームの皇帝』でしょう。前菜のオードブルが『ジャンブリーズ』で、スープが『つまみぐい文学食堂』かなあ。
書店ナビ 納得です。柴田さんの新作の話もお願いします。
柴田 翻訳本はエドワード・ゴーリーの新作『音叉』(河出書房新社)とポール・オースターの新作『インヴィジブル』(新潮社)が出たばかりで、自分のエッセイではちくま文庫から『柴田元幸ベスト・エッセイ』(筑摩書房)が出ています。興味がある方は、お手に取ってみてください。
書店ナビ 最後に翻訳家を目指す方々にアドバイスをお願いします。
柴田 最初から翻訳だけで食べていくことは現実的ではないので、まずは収入の柱となる仕事をもつこと。
そうすれば、好きな本の翻訳ができるようになるかもしれない。この”好きな本”というのが肝心で、嫌いな本を訳すのはただ苦痛なだけですから(笑)。

今回北海道ブックフェスさんに呼んでいただいて4会場をまわりましたが、北海道の方はどの会場でも本当に熱心に聞いてくださいました。ご来場いただいた皆さんおよび関係者の皆さん、ありがとうございました。

書店ナビ また来てくださるのをお待ちしています!
●柴田元幸(しばた・もとゆき)

1954年東京都生まれ。アメリカ文学研究者、翻訳家。著書に『アメリカン・ナルシス』(サントリー学芸賞受賞)、『生半可な學者』(講談社エッセイ賞受賞)など多数。訳書にオースター『幽霊たち』、ピンチョン『メイスン&ディクスン』(上下、日本翻訳文化賞受賞)など多数。2017年、早稲田大学坪内逍遥大賞受賞。

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