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第300回 ダイヤ書房 ヒシガタ文庫



5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.68 ダイヤ書房 ヒシガタ文庫 谷尾 苑香さん

谷尾さんが手にしているロンパースのような、かわいいベビーグッズも揃うヒシガタ文庫。今年、二度目のクリスマスを迎える。


[本日のフルコース]
一人で生きている人間はどこにもいない
他者との関係を描いた女性作家小説フルコース

[2016.11.21]



書店ナビ 今回は札幌市東区にあるダイヤ書房のインショップ、ヒシガタ文庫から谷尾苑香さんにフルコースをつくっていただきました。
フルコースのテーマ、すぐに決まりましたか?
谷尾 はじめはすごく悩みましたが、最近読んで好きだった本がほぼ、女性作家の作品であることに気づいて、「それなら」と女性作家を切り口に5冊選んでいきました。


[本日のフルコース]
一人で生きている人間はどこにもいない
他者との関係を描いた女性作家小説フルコース


前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

幸福な食卓
瀬尾まいこ  講談社

「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」。父の思いがけない発言から始まった、一風変わった家族の変化と再生を描いた物語。



書店ナビ 著者の妹尾さんは1974年大阪府出身。教員との二足のわらじを続け、2011年から執筆に専念しています。
谷尾 妹尾さんの本はほとんど読んでいます。ことさらドラマチックな事件も起きないゆったりとした空気のなかで、主人公たちにとっては大きなさざ波にゆれる日常を描いた世界観にハマっています。
この『幸福な食卓』でも家族の形や思いやりの形はそれぞれであること、人と人が知らずにつながり支え合いながら生きていることを実感させられます。
妹尾さんの作品には必ず”クセありの好かれキャラ”がいて、一見クールな態度を取りながら実は本質を突いた鋭い発言で物語を進めてくれます。本作では主人公・佐和子の兄がその担当、魅力的ですよ。


スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

コンビニ人間
村田沙耶香  文春

36歳未婚彼なし、コンビニアルバイト歴18年の古倉恵子は、毎日コンビニ食を食べ、夢の中でもレジを打ち、コンビニのために生きることで安らぎを得る「コンビニ人間」。恵子の異常とも思える思考や行動を独特のユーモアと皮肉を交えて描き、今年の芥川賞を受賞しました。





書店ナビ 著者は1979年千葉県出身。書く本がことごとく有名な文学賞を受賞あるいは候補作になり、2016年に出版された本作で芥川賞を受賞。コンビニ勤務が著者の実体験であることも話題になりました。
谷尾 単行本化される前に文藝春秋で読んでビックリしました。私がそれまで抱いていた、ちょっと格調が高くて難しそうな芥川賞受賞作のイメージが一変した作品です。
私たちにとても身近な「コンビニ」を切り口にした現代のリアリティーと恐さがとても読みやすい文体で書かれていて、3時間くらいで一気読みしてしまいました。




魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

永い言い訳
西川美和  文藝春秋

旅先の不慮の事故で妻を失ったのにひとつも涙が出ない男、衣笠幸夫。共に亡くなった妻の親友の、残された家族との出会いから始まった新しい家族の物語。




書店ナビ 1974年広島県出身の西川美和さんは『ゆれる』や『ディア・ドクター』で知られる映画監督でもあり、本書もご本人によって映像化されました(注:この取材は映画公開前に行われました)。
谷尾 主人公の”幸夫くん”はときおりテレビにも出たりする人気作家で、顔もよくて、美しい美容師の奥さんや愛人もいて、という男性にとっては理想の人生を生きている(笑)。まさに主演の本木雅弘さんにぴったりのイメージでした。
でも、その完璧だった自分像が妻の死によって、その延長上で出会った妻の親友の家族たちによって変わっていく…。
彼らと関わりながら自分の中にある劣等感や孤独を自覚し、「他者」のために生きる意味を探っていきます。その途中でもがき、変わっていくさまに心打たれる感動作でした。

谷尾さんが身につけているガラス製のピアスは、お店でも取り扱っているKaoさんのもの。






肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

漁港の肉子ちゃん
西加奈子  幻冬舎

男にだまされ続けてきた母・肉子ちゃんは太っていて不細工で、でも底抜けに明るくて、美人で冷静な思春期の娘・キクりんはちょっとはずかしい。流れついた北の漁港で生きる肉子ちゃん母娘と周囲の人々の息づかいが伝わってきます。




書店ナビ 2015年『サラバ!』で直木賞を受賞した西さんは1973年テヘラン生まれ。カイロ、大阪で育ったという経歴にも注目が集まりました。『コンビニ人間』の村田沙耶香さんと世代も近く、交流があるそうです。
谷尾 《肉料理》本だから「肉子ちゃん」だ!というノリもありましたが(笑)、やはりなんといっても内容がすばらしくて、1人でも多くの方に読んでいただきたくてメインディッシュにもってきました。
大阪育ちの西さんなので、肉子ちゃん親子も大阪出身。キャラクター同士のツッコミが冴え渡り、声を出して笑ってしまいました。
書店ナビ 子どもが親をうとましく思う時期、身に覚えがあるような…。
谷尾 ええ、それに「着ている服が信じられないセンス」とかの”お母さんあるある”も、きっと読んでて楽しいはず。
そうやって笑いながらもクライマックスには思いきり泣かされて、あたたかい気持ちになれる。いろんな感情があたたかく混じり合う一冊です。



デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

きょうのできごと
柴崎友香  河出書房新社

同じ日同じ時間を同じ場所で過ごした男女数人のある夜を、語り手を変えながら描いた5つの物語。

谷尾 飲み会に集まる登場人物たちの心情が映像になって浮かんでくるような作品です。なんていうことのないやりとりも語り手が変わると、見えていなかった感情が浮き上がってくるところが面白くてせつない、ささやかな”きょうのできごと”です。
書店ナビ 妻夫木聡さん主演で映像化もされました。
谷尾 映画とからめた写真集『もうひとつの、きょうのできごと』には原作者の書き下ろし小説も収録されており、ほかに続編にあたる『きょうのできごと、十年後』も執筆されています。きっと柴崎さんもかなり思い入れがある作品なんだと思います。



ごちそうさまトーク 家族も友人もみな「他者」である

書店ナビA どの本も心理描写を丁寧に描いた作品ですね。家族、友人、職場の人…他者との関わりで生まれる感情が主題になっている。
谷尾 …そうか、そうですね(笑)。私自身の関心が、人との関係性や他者とどうつながっていくかに向かっているのかもしれません。5冊を並べてみて、いまはじめて気がつきました。
書店ナビ その「他者」というテーマを、現在第一線で活躍している女性作家5人が独自の視点で味つけしたフルコース、ごちそうさまでした!

谷尾苑香(たにお・そのか)さん
札幌市内のカフェ勤務を経て、2015年5月22日オープンのヒシガタ文庫スタッフの一員に。

●ヒシガタ文庫さんのバックナンバー記事はこちら

http://www.core-nt.co.jp/syoten_nav/archives/8071


●ヒシガタ文庫

http://hishigatabunko.com/


独自の選書企画も展開しているヒシガタ文庫


かわいいテントが迎えてくれるキッズコーナー












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