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第597回 本の人 代表 末澤 寧史さん

Vol.212 本の人 代表 末澤 寧史さん

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札幌出身の編集者、末澤寧史さん(©Takashi Noguchi)。現在、三省堂書店札幌店で末澤さん発案・企画協力のブックフェア「本のヌード展 from北の国’24再会」も好評開催中!

[本日のフルコース]
編集者の末澤寧史さんが師と慕う
絵本作家・小林豊の世界を旅したくなる本フルコース

[2024.3.18]

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書店ナビ2024年3月13日から北海道初上陸!本のカバーを外してみると、また一味違った表紙・本体のデザインが楽しめる本を集めたブックフェア、その名も「本のヌード展」が三省堂書店本店で始まっています。
発案者である末澤寧史さんに、本のフルコースのオンライン取材をお願いしました。

フライヤー

書店ナビ現在は関西在住の末澤さん、北海道のご出身だとうかがいました。

末澤ええ、生まれは札幌ですが江差や網走、帯広、岩見沢と道内を転々として、小学5年生の時に再び札幌に。札幌北高を卒業後、大学で上京しました。
もともとメディアに関心があったのでメディア系のゼミに入ったり、有志で作ったインターネット放送局でドキュメンタリー番組を制作したり。新聞社の学生記者もして、取材活動はその頃からやっていました。
その流れで、今回のフルコースのテーマにもなっている絵本作家の小林豊さんと出会いました。

書店ナビ小林さんは1946年東京生まれ。「1970年代初めから80年代初めにかけて中東やアジア諸国をたびたび訪れ、その折の体験が作品制作の大きなテーマとなっている」(絵本ナビより引用 https://www.ehonnavi.net/author.asp?n=1147)そうで、代表作に内戦が続くアフガニスタンの村を舞台にした『せかいいちうつくしいぼくの村』があります。

末澤さんが小林さんと出会ったきっかけはなんだったんですか?

末澤僕が二十歳だった2001年にアメリカの同時多発テロが起きました。テレビのニュースでビルが倒壊するのを見たとき、これまで当たり前にあったものが目の前で崩れ落ちる衝撃を感じました。
ジャーナリスト志望だったので、報道の現場を見てみたいと思っていたところ、知人にボランティアに誘われ、タリバン政権崩壊後のアフガニスタンに行けることになりました。出発前に「アフガニスタンに詳しい人」として紹介してもらったのが小林さんでした。

絵本作家のイメージとは違って、小林さんは強面な印象でした。そのとき僕は義足支援のボランティアに同行することになっていたんですが、小林さんは開口一番に言いました。「義足は兵士を生み出すんだぞ」と。びっくりして聞き返すと、義足でまた歩けるようになることで戦場に戻る人がいる、という意味でした。
ショックでした。ボランティアで「いいこと」をしに行くと思っているわけですから。物事は複雑で、裏側もふくめ多角的に見ないと本質を見失う、と小林さんは伝えたかったんだと思います。僕は、その視野の広さ、話の深さに理想のジャーナリスト像を重ねたんでしょうね。小林さんの世界観にハマっていきました。

その後も小林さんから世界のいろんな国や地域、「ここが面白いよ」という場所を教えてもらってはそこに行く、ということを繰り返して。いつしかに人生の師として仰ぐようになり、画家に志望を変更。気がついたら定職にも就かず、だんだん道を踏み外していったという感じです(笑)。

書店ナビその師弟コンビで末澤さん初の絵本『海峡のまちのハリル』を2021年に出版されました。
『海峡のまちのハリル』製作日記を拝見すると、末澤さんはものの見方を教わりたくて、小林さんの絵画教室に通われていたとか。
また、当時大学院生だった末澤さんはトルコのイスタンブールに留学し、現地で水面に描いた模様を紙に写しとる伝統的な装飾画「エブル」(英語圏ではマーブリング)と出会います。 『海峡のまちのハリル』は、そのエブル職人の孫ハリルの物語ですね。

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海峡のまちのハリル
文・末澤寧文 絵・小林豊  三輪舎
ときは20世紀がはじまる頃、紙工房の家に生まれ育った少年ハリルは、工房の親方で、エブルの名人である祖父のもとで下働きをする毎日。日本からやってきた貿易商の息子たつきと出会い、この「海峡のまち」で生きる自分を見つめ直していく――。末澤さんが15年前に作ったエブルが挿入されている。

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画像左)2015年、現代エブルの第一人者ヒクメット・バルットチュギルさんのアトリエで美しい作品を前に。
画像右)エブルを久しぶりに制作中。エブル作家フスン・アリカンさんのもと、一年間学んだ。

末澤エブル作家を目指した時期もありましたが、やっぱり小林さんへの憧れが強くて、ご本人に「画家になりたい」宣言をしたこともありました。「おれが絵を描くから、末澤くんが文章を書いてみな」と、小林さんから声をかけていただいたこともあったのですが、そこで完全に行き詰まった。何も描けないし、書けない。画家志望といっても、大学を卒業すればただの無職です。生活も気持ちも荒れて、ある日ぷつりと糸が切れた。絵画教室にも行けなくなりました。
 
そこから紆余曲折あり、原点である取材活動に立ち返りなんとかライターとして歩き出したとき、書き手が「希望」を感じる相手を取材するという企画があったんですね。2011年ごろです。そこで、僕は迷わず小林さんに取材依頼の手紙を書きました。

書店ナビ音信不通だった末澤さんから連絡が来て、小林さんもきっとうれしかったのではないでしょうか。

末澤あとでご本人から「心配したぞ」とさすがに言われましたね。僕は自ら選んで道を踏み外していったのですが、「責任を感じる」と。随分ご心配をかけました。
その「希望」企画がきっかけでまた小林さんと会うようになり、「おれが絵を描くから、末澤くんが文章を書くんだ」と、また言っていただいて。小林さんは本気なんですよ。これは書かずに死ねない、と。10年原稿を直しつづけて出来上がったのが『海峡のまちのハリル』です。

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2022年にユヌスエムレ・インスティトゥート東京ギャラリーで開催された 『海峡のまちのハリル』の原画展で小林さん(写真右)と対談したときの一枚(笹島康仁撮影)

書店ナビいろんな思いが詰まった合作、一人でも多くの方に読んでいただきたいですね。 それでは、末澤さんが改めて語る「絵本作家・小林豊」の世界を一緒に見てまいりましょう。

[本日のフルコース]
編集者の末澤寧史さんが師と慕う
絵本作家・小林豊の世界を旅したくなる本フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

01

せかいいちうつくしいぼくの村
小林豊  ポプラ社
小林さんが実際に訪れたアフガニスタンの村をモデルにしたパグマンの村。少年ヤモは父親とロバのポンパーと一緒に朝市に向かいます。パグマンのおいしいさくらんぼを売りに。本当はお兄さんの役目ですが、お兄さんは兵役についているのでヤモがお父さんを手伝います。

末澤小学校の国語の教科書にも載っている、小林さんの代表作です。小林さんの絵本の魅力を一言で言い表すのはすごく難しいんですが、視覚的な表現の豊かさがその一つですかね。「データを描き込む」と、小林さんは表現されます。たとえばこの本で言うと12~13ページの市場のシーン。
主人公親子以外にもたくさんの人物が描かれていますが、実はアフガニスタンは多民族国家で、その民族構成比率に沿って人物の服装などを描き分けていると聞いたことがあります。

書店ナビすごい!そこまで調べて描くんですね。

末澤先ほどの合作絵本『ハリル』にもハリルが初めて見る自転車に驚くシーンが出てきます。実は舞台の20世紀前後、世界的に流行っていたスポーツって競輪なんです。イタリアで世界的な競技大会があったりして、万博などを通して世界中に広がっていく。イスタンブールは世界的な国際都市ですから、その流行をキャッチしている人がいていいはずなんです。だから、「自転車を描きたい」と小林さんはおっしゃっていたんでしょうね。
そういうディテールをテキストには入れずに、絵でふんだんに盛り込んでいく。それが作品の深さを生む一つの要因だと思います。知れば知るほどディテールが見えてくるので、深読みしちゃいますよね。
それと『せかいいちうつくしいぼくの村』は、構成もすごく深いんです。この話、次の《スープ》本を含めてお話しします。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

02

ぼくの村にサーカスがきた
小林豊  ポプラ社
秋、パグマンの村にサーカスがやってきました。ヤモも友だちのミラドーも大喜び。戦争に行ったお父さんの笛をいつも吹いているミラドーの才能が思わぬ形で開花します。楽しかったサーカスが去ると、季節は厳しい冬に。パグマンの村は今も皆の帰りを待っています。

末澤『ぼくの村にサーカスがきた』は、『せかいいちうつくしいぼくの村』の姉妹本です。今度はヤモの友だち笛吹のミラドーが新たな登場人物として加わります。
実はこの2冊、『せかいいちうつくしいぼくの村』は春と夏を、『ぼくの村にサーカスがきた』は秋と冬を描いている。これって、春夏・秋冬の二曲で四季を表現する日本画屏風の二曲一隻の構成を踏襲していますよね。
この本の物語には日本的な要素は一切出てきません。ですが、日本画家である小林さんが描くからこそ、バックグラウンドに日本文化がにじみでるような本のつくりになっているのではないでしょうか。
だからと言ってそれを声高に主張することなく、日本人がつくった絵本だということを2冊を通して静かに語りかけてくる。衝撃的な結末を迎える内容もさることながら、この構造に気づいたときはすごい作品だなあと。

書店ナビ『せかいいち…』が1995年に刊行され、『ぼくの村に…』が翌年に。そして2003年にパグマンの村シリーズの3冊目『せかいいちうつくしい村へ』が出版されました。
今度は笛吹のミラドーが主人公。ドキドキしながら読みました。

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大学生の時、ボランティアに同行してアフガニスタンを訪問。春夏秋冬を体験するべく4回訪れた。

末澤小林さんは「サーカスは戦争の象徴」と言っていました。サーカスは村を去るわけですが、人々の生活は続きます。3部作は希望の話で終わりますが、現実は、またタリバン政権に戻り、政情不安が続いています。
世界各地で戦争が続く今こそ、このシリーズを読むといろいろなことを考えさせられると思います。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

03

えほん北緯36度線
小林豊  ポプラ社
東京からまっすぐ西へ、地球の北緯36度線上にはどんな人たちが暮らしているのでしょうか。トウキョウが19:30を示すとき現れた大きな鳥に導かれて、ぼくたちの旅が始まります。どのページにも現地時間が記載され、絵本ならではの楽しい世界旅行を体験できます。

書店ナビ男の子ふたりと1匹、次の場所が描かれるたびに旅の一行がどこにいるかを探すのも楽しかったです。

末澤この本は、編集者であり絵本の文や評論、翻訳も手がける広松由希子さんの『日本の絵本 100年100人100冊』にも選ばれました。世界の路地裏のにおいがたちこめていて、まさに「世界を旅したくなる」一冊です。
 
男の子たちの行く先は実在するまちをモデルにしていて、いつか訪れたいまちがたくさんあります。小林さんの手にかかると知らない国の絵なのに、ちょっと懐かしさを覚えるのが不思議です。『せかいいちうつくしいぼくの村』のパグマンの村も出てきます。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

03

ぼくは弟と歩いた
小林豊  岩崎書店
戦争の影響で両親と離れ、祖父が暮らす遠くのまちに疎開する兄弟のお話。本書が2002年に、続く『ぼくの家から海がみえた』が2005年に、完結作『ぼくと弟はあるきつづける』が2007年に刊行されました。1作目の本のカバーには「いま、世界中どこにでもあるお話です」の一言が。

末澤この弟3部作を制作しているとき、僕はちょうど小林さんの絵画教室によく出入りしていて、このシリーズの色校正を広げている様子を見ていました。
この時代の小林さんの作品は、構成が予想不能でした。弟3部作も1冊目で兄弟がようやく疎開先の祖父の家に着いたと思ったら、2作目では兄弟が疎開する前の時間軸、過去に遡ります。 そして最後の3作目で再び時間が動き出し、疎開後の兄弟がどうやって生きのびていこうとするかが描かれている。
この現在・過去・未来という3部構成を読み重ねていくことで3作目の感動がさらに増すという、回想シーンで泣かせる名作ドラマ『北の国から』も彷彿とさせる大作になっています。

書店ナビ弟エルタンの手をにぎり続ける「ぼく」のお兄ちゃんぶりに胸が熱くなり、最後の最後も正面から描かずに彼らの背中を見せて終わることで余韻が深まりました。

末澤物語全体を見ても特にドラマチックなことが起こったり、派手な演出があるわけではないんですが、心に残る作品になっていますよね。
  
この弟3部作のように小林さんの作品にはどれも時代に左右されない強さを感じます。『せかいいち』もそうですが、時代があとからついてくるような強さがあるような気がします。
最後の場面も「いかにも」な再会を描かないのは、きっと読者が思い思いに想像を膨らませてくれることを信じているからだと思います。そこに小林さんの表現者としての信念を感じますし、そういう小林さんの本づくりから、たくさんのことを学ばせてもらいました。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

15

聖書ものがたり絵本
武井博文 小林豊画  いのちのことば社
旧約聖書と新約聖書のダイジェストを綴る4巻構成。武井博さんは元NHKチーフ・ディレクターとして「ひょっこり・ひょうたん島」や「おーい!はに丸」を担当。『はらぺこプンタ』などの作品も多数。いまパレスチナのことを考えるためにも読みたい聖書入門シリーズです。

末澤小林さんは「北緯36度線の旅の終着地はパレスチナだ」と昔言っていました。そこには大地溝帯があり、海抜マイナスの死海もある不思議な地形。なぜか宗教の聖地が集積しています。
『聖書ものがたり絵本』第4巻のテーマはイエス・キリストで、あのダヴィンチの絵画で有名な「最後の晩餐」の場面も入っています。
小林さんは「俺は(あの絵は)違うと思うんだよな」と描いているときにおっしゃっていました。そういう常識を覆すような話がすごく面白くて、通っていたことを思い出します。
中東に何度も通い、現地の地形や風土、そこで生きている人たちの営みを見てきた小林さん独自の解釈が描かれています。
 
結局アフガニスタンやパレスチナのことも古くからずっと起きていることであり、今もまさに続いている。そういう地域や世界に自分と同じ人間が生きているということにどう目を向けるかーー。小林さんの作品は常にそこを問いかけてくるような気がします。

ごちそうさまトーク 手を入れれば入れるほど深まる質感を大切に

書店ナビ2024年で78歳になる小林さん。今も制作活動を続けていらっしゃるのでしょうか。

末澤現役で描き続けていらっしゃいます。台湾の出版社から直接絵本を出版をしたり、中国で絵本コンテストの審査に関わったりと、いつも近況を聞くたびに変化があり、時代の先を進んでらっしゃいますね。そんなふうに生きていけたらと、いつも刺激をいただいています。

書店ナビ末澤さんの中に染み込んだ〈小林イズム〉みたいなものがあるとしたら、なんだと思いますか。

末澤(熟考して)…リアルに自分で見て、触れて、感じて書く、というところはあると思います。文章を書くときも、編集者として本をつくるときもいつも、ページをめくるときの質感や、そこから生じるワクワク感、生々しいリアリティをどう残すかを考えています。
  
2021年に仲間と「どく社」という出版社を立ち上げ、「読むことは、立ち止まること。」と掲げているのも、本の持っているそもそもの機能とか役割を意識しながら、より深く読者が考えるきっかけとなるような本をつくっていきたいと考えているからです。
  
本づくりも、ものづくりも、手を入れれば入れるほど質感が出てきたり、愛着が湧くものになる。そういうものづくりのあり方は、小林さんから相当影響を受けていると思います。

書店ナビその「手を入れれば入れるほど」の流れの中に末澤さんが発案したブックフェア、カバーと表紙本体のデザインのギャップを楽しむ「本のヌード展」があるんですね。
現在、三省堂書店札幌店では「本のヌード展 from北の国から’24再会」が好評開催中!
3月30日土曜のトークイベントは書店ナビもお手伝いさせていただきます。

このポスターが目印!店頭でのトークイベントは3/30土14:00~15:30 入場無料

貴重な非売本や道内の出版社による選書もコメント付きで紹介されている。

書店ナビライター佐藤も3冊推薦させてもらいました。

末澤装丁に予算をかけられなくなっているとも聞く中で、そこに眠れる作り手の思いを感じていただけたらうれしいです。
トークイベントでは参加者と一緒に店内で「本のヌード」を探したりして、楽しい時間にできたらと思っています。皆さんのご来場をお待ちしています。

書店ナビ「本のヌード展」トークで直接お会いする前に、末澤さんのものづくりの根底に小林さんあり、ということがわかってよかったです。絵本作家小林豊さんのフルコース、ごちそうさまでした!

末澤寧史(すえざわ・やすふみ)さん 

1981年札幌生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。同大学院文学研究科(東洋史学専攻)に在籍中、トルコ共和国ボアジチ大学に留学。大学院を中退後、本格的に執筆活動に取り組み、出版社勤務を経て2019年に独立。「本の人」代表に。本のカバーと表紙のデザインギャップを楽しむ「本のヌード展」発案者。2021年2月大阪で小さな出版社「どく社」を仲間と立ち上げる。

本の人 末沢寧史のオフィシャルサイト

honnohito.jp

どく社

dokusha.jp

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