5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.21 ブックコーディネーター 尾崎 実帆子さん
取材場所は、尾崎さんの取引先である北広島市のブックカフェ「風味絶佳」さんにご協力いただいた。
[2015.10.19]
書店ナビ | 初代実行委員長の堀直人さんからバトンを渡され、「北海道ブックフェス2015」の新・実行委員長となった尾崎実帆子さん。9月の1カ月間をまるっと使った今年のブックフェスも盛況のうちに幕を下ろしたそうで、初の大役お疲れさまでした。 |
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尾崎 | ありがとうございます。実行委員長といっても、私は堀さんが作り上げたものを受け取っただけ。道内各地・各店の皆さんにご協力いただいたおかげで、今年も無事に終了することができました。皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。 今日は、その北海道ブックフェス中に出会った本5冊を持ってきました。 |
書店ナビ | 日頃はフリーのブックコーディネーターとしてさまざまな空間を本で彩る尾崎さんがどんな本に惹かれたのか、楽しみです。 |
ブックカフェ「風味絶佳」は壁一面に本棚がびっしり。尾崎さんやオーナーセレクトの本のほかに、常連のお客様がおススメ本を紹介する本棚もある。
オーナーの佐藤亜美さんは大の本好きで知られ、「風味絶佳文学賞」も企画する。第3回のテーマは「結婚のちょっと前」で年内募集中。詳しくはお店のサイトまで。
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
ちいさいこどもをだますうそ
アンディ・ライリー あかね出版
「雨は神様のおしっこ」「カンガルーなんて動物はいなくって、それはすごく近くにネズミが立っているだけのことなんだ」…ちいさいこどもなら思わず信じてしまいそうな、ちょっとシュールなうそが詰まった絵本。ゆるい絵柄にあった翻訳も最高です。
尾崎 | 北海道ブックフェスの江別会場であるコミュニティカフェ「江別港」さんの古書市で見つけました。奥付を見ると「初版 2005年 イギリス」。 著者のアンディ・ライリーさんは、うさぎが次々と突拍子もない方法で自殺を繰り返す絵本「自殺うさぎの本」(原題BUNNY SUICIDES)で有名な方で、この本はライリーさんの友人?かファン?である大友あかねさんが訳して自費出版したもののようです。 ネットで検索してもなにも出てこないですし、大友さんについても詳しいことはわからない。著作権的にどうなっているのかも限りなく不透明、かも(笑)。 |
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書店ナビ | ものすごい掘り出し物ですね。さすがブックコーディネーターの嗅覚が選ばせた一冊! |
尾崎 | 「DVDにハムを入れると豚の番組が映る」とか、疲れているときに読むと最高に癒されます。うちの小学生の子供たちと読みながら「ええええー!」と一緒になって驚くのも楽しいです。 |
「“ワインはお母さんを扱いやすくしてくれる”。これはうそじゃないかもしれません(笑)」
多くのナゾに包まれた奥付。残念ながら入手不可。そもそも古書市に出した人はどこで手に入れたのかも、ナゾ。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
熊之川特判事業部長
志岐奈津子 毎熊文庫
副題に「熊は理想の上司なのか」とある通り、主人公は一匹の熊。ヒトに見つかって以来、名前を付けられ就職まで斡旋されて部長職として会社に通います。彼が覚えた唯一のことばは「結構です」。部長に決済をあおぐたびにそう言われる部下たちは…。
尾崎 | ブックフェスには書店ではないお店が好きな本を展示する「ミセナカ書店」という企画がありまして、札幌のアトリエ兼ギャラリー「闇月創房」さんも参加店のひとつ。この『熊之川…』はそこで見つけました。 著者のラジオ構成作家、志岐さんは相当なクマ好きらしく、他にイラストレーターの内藤美和さんとつくった『ナナセンチ』というクマ本もあります。 |
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書店ナビ | こちらも《前菜》本に続いて著者が好きでつくった自費出版本。普通の書店ではお目にかかれない一冊です。 それにしても熊之川部長、口癖が「結構です」とは、YESという肯定の意味にもとれますが、場合によっては他の意味に聞こえることもありそうです。 「部長、なになにの案件はどうしましょう?」と聞いたときに、「結構です」と言われた部下は「え?俺に任せるってこと?それともこの案件はもう聞きたくないってこと?」と、禅問答的に迷いそう。 |
尾崎 | ですよね。でもこの本に出てくる熊之川部長の部下たちは、それが自分たちに課せられた試練だと思っていて、部長の「結構です」で成長させてもらったと感謝しています(笑)。 一見ファンタジーのように見えますが、実はビジネス本なんです。 |
書店ナビ | 深いなあ。新人研修とかに配ると役立ちそう。 |
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
シリエトク ノート 第10号
シリエトク ノート編集部
知床初のリトルマガジンで、編集室メンバーは斜里町民3人。誌面の執筆、イラスト、写真等をすべて自分たちで手がけ、地域の隠れた文化を取材で掘り起こしています。
尾崎 | 私が「シリエトクノート」の皆さんと出会ったのは、2011年だったかな、札幌のワンデイブックフェスのとき。丁寧な誌面づくりから知床への静かで深い愛情が伝わってきて、ひとめで好きになりました。 最新号の第10号は知床ワンデイブックフェスで手に入れました。テーマは「写真と旅」。写真家石川直樹さんと美術家奈良美智さんがシリエトク(アイヌ語で「地の果て」)を旅した様子や、戦前に樺太で写真館を営んでいた半澤中さんの記事など、すばらしい読み応えです。 |
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書店ナビ | いわゆる《消費型の情報》でなく、読み手の中に沈み込む《蓄積型の情報》が詰まっていますね。誌面デザインもシンプルで美しいです。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
凍原
桜木紫乃 小学館
『ホテルローヤル』の直木賞受賞作家が釧路湿原を舞台にした初の長編ミステリー。1992年の夏、湿原で少年が行方不明になり、少年の姉は成長して刑事になり17年後、釧路の街に帰ってきた。そこで起きた殺人事件から戦後を生きぬいてきた女たちの一生が浮かび上がってくる…。
書店ナビ | 短編小説の名手、桜木さんが珍しく長編しかもミステリーに挑戦した意欲作です。 |
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尾崎 | 知床ワンデイブックスに行く前日、釧路ワンデイブックスで買いました。その晩、家族で釧路湿原近くのキャンプ場に泊まったんですが、あいにくその日はどしゃ降りで。ざーーーーっと地面をたたきつけるような雨音を聞きながら、ランタンの灯りで地元が舞台のミステリー本を読むという…。予想外の悪天候が幸いして、作品世界にどっぷりとのめりこむことができました。 この本を見ると今でもそのときの光景が浮かび上がってきて、忘れがたい読書体験になりました。《その土地でその土地にまつわる本を読む》っていいですね。皆さんも、ぜひ試してみてください。 |
「さっぽろブックコーディネート」の看板を掲げて今年で3年。取引先は、円山のセレクトショップ「zee」や東急ハンズ、大通にオープンしたばかりのル・トロワなど。「すべて口コミでご縁がつながっています」
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
北の川をめぐる9つの物語
文・加藤多一 画・堀川真 北海道新聞社
北海道在住の童話作家、加藤多一さんが朝日新聞北海道版に連載していた「午後のメルヘン」に、書き下ろしを加えた単行本。各章に添えられた堀川真さんの挿画がとても雰囲気があって、幾通りもの解釈ができる不思議な世界観に誘ってくれます。
尾崎 | これはワンデイブックスの会場になっていた石狩市厚田区望来(もうらい)にある願誓寺というお寺で、江別で開く朗読会の打ち合わせをしていたときに出会った一冊です。 朗読とライブドローイングができたらいいよねという話になり、そうすると「なにを読むか」がすごく重要になってくるじゃないですか。 そのときにふと、出店者さんが売っていたこの本が目に入りぱらぱらっとめくってみると、どうやら北海道の川をめぐる短編集で、明快な起承転結があるわけでもなく多面的に読み込むことができる、まさに理想の本だったんです。 この本なら朗読する人と絵を描く人、そして目の前でそれらのパフォーマンスを見守るお客様もそれぞれの解釈を広げることができる。「これでいきましょう」とすぐに話が決まりました。 実際、本番は心が洗われるライブになり、すごくいい時間を過ごすことができました。こういう朗読企画をこれからもいろいろと試してみたいです。 |
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ごちそうさまトーク 行けば会える「北海道ブックフェス」
書店ナビ | 北海道ブックフェスに行けば、こんなにも豊かな本との出会いが待っているんですね。今年は取材で一部の会場におじゃましましたが、来年は個人的にももっといろんな会場を見てまわりたいです。 |
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尾崎 | そう思っていただけると、うれしいです。実行委員としての仕事はありますが、私自身も基本は「どんな本に会えるかな」とワクワクしながらやっています。来年も皆さんのご来場をお待ちしています。 |
書店ナビ | いつもの新刊書店とは異なる空間だからこそ、目に飛び込んでくる本がある。北海道ブックフェス2015から生まれたフルコース、ごちそうさまでした! |
http://hokkaidobookfes.wix.com/hokkaidobookfes2015
http://bookcoordinate.blog86.fc2.com/
パクリかな 「“ひとり本屋”という 働き方」
全国の個性的な出版社を紹介する本『 “ひとり出版社”という働きかた』になぞらえて、わが身を表現する尾崎さん。おそらく新刊を扱うブックコーディネーターとしては北海道内に同業者が見つからない。もと情報誌の営業・企画というキャリアを活かして「棚を作っておわりではない」顧客との関係づくりに心を配っている。
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