毎年恒例、9月といえば北海道ブックフェス!
[2018.10.29]
1946年創業のくすみ書房、久住邦晴さん48歳のとき二代目店主に
2018年8月末、一生涯「本屋のオヤジ」であり続けたくすみ書房の久住邦晴さんのことを知らない世代にも、その声を届けられる本が出版された。
奇跡の本屋をつくりたい
くすみ書房のオヤジが残したもの
久住邦晴 ミシマ社
「なぜだ!?売れない文庫フェア」「中高生はこれを読め!」「ソクラテスのカフェ」…ユニークな企画を次々と生み出し、全国から愛された札幌・くすみ書房の店主の遺稿を完全収録。
久住邦晴さんは1951年北海道生まれ。札幌市西区琴似のまちで父親が始めたくすみ書房は、1946年創業の老舗書店。1999年、久住さんが48歳のときに経営を引き継いだ。
ところが同年は、店の最寄り駅「琴似」が最終駅だった地下鉄東西線が延伸。人の流れが大きく変わり、継いだ早々店は苦境に陥った。
追い討ちをかけるように近隣に大型書店が進出し、客足も遠のいていくーー。
このどん底の状態から、全国にくすみ書房の名を知らしめた「なぜだ!? 売れない文庫フェア」「中高生はこれを読め!」など数数のヒット企画が生まれた経緯は、ぜひとも新刊『奇跡の本屋をつくりたい』で確かめていただきたい。
その後ネット販売の台頭などさまざまな要因を背景に、小中規模のリアル書店が受難の時代を迎えたのは皆さんもご存知のとおりである。
2009年くすみ書房は古巣の琴似を離れ、札幌市厚別区大谷地へ移転し再出発するも奮闘かなわず、2015年、戦後から始まったその長い歴史に幕を下ろすことになった。
一周忌に出版記念展覧会スタート、トークイベントに約200人!
店をたたんだあと、久住さんの肺にがんが見つかった。周囲が驚くことに、誰よりも希望を失っていなかったのはご本人だったという。
もう一度、琴似のまちで「奇跡の本屋」をつくりたいーー。闘病のかたわら、その思いを綴る原稿執筆に励んでいたことが、本書を読めばよくわかる。
2017年8月28日、久住邦晴さんは旅立った。享年66。
2日間に渡った「お別れの会」は、久住さんの希望どおり『木を植えた男』と馬頭琴演奏付き『スーホーの白い馬』の朗読があり、献花料のお礼が図書カードというどこまでも「本屋のオヤジ」らしい演出が貫かれていた。
そして、ちょうど一周忌にあたる2018年8月28日ーー。
生前久住さんがひときわ応援していたミシマ社が、前述の草稿をまとめて『奇跡の本屋をつくりたい くすみ書房のオヤジが残したもの』を出版。
同日、札幌市中央区の新刊・古書書店「書肆吉成」で同タイトルの展覧会を始まり、久住さんの長女で写真家のクスミエリカさんが撮影した写真や書籍の生原稿などが展示された。
夜にはエリカさんを含め関係者による出版記念トークイベントも開催された。
約60坪の店内に「久住さんの話を聞きたい」という200人近くの来場者が集まった。トークの1時間前から続々と人が集まり、急きょ開催時間を早めたほど。
話し手は、くすみ書房の人気企画だった大学カフェ「ソクラテスのカフェ」の中心的なゲストであり、新刊にも寄稿している中島岳志さんと、書籍の出版元であるミシマ社代表三島邦弘さん、本の装幀を担当した矢萩多聞さん、そしてクスミエリカさんの4人。
後半は元スタッフや同業者、商店街仲間にもマイクがまわり、久住さんの思い出を皆で共有した。
くすみさんは人の話をなんでも面白がって「いいね!」と肯定してくれたこと。
万引き少年に対しても頭ごなしに叱らず、まずは話を聞いていたこと。
ホームグラウンドだった琴似のまちを盛り上げようと、「駅前の空き地でヤギを飼う」計画に実は本気だったこと(「どうやったら飼えるんだろう」と調べていたらしい)。
ふらりと寄っただけなのに買う気にさせてくれる「色気のある本屋」だったこと。
家族にも声を荒げたことのない、とてもやさしい父親だったことーー。
この日、書肆吉成が入荷していた久住さんの新刊70冊はたちまち完売! 予約リストに書きこむために行列ができるという滅多にない光景までおがむことができた。
ミシマ社の雑誌「ちゃぶ台」最新号「発酵×経済」号には、店主の吉成秀夫さんが書いた原稿「久住さんのこと」が掲載されている。そちらもあわせてご覧いただきたい。
トークイベント第2弾「受け継いで、広める」も実施
この出版記念トークの大盛況を受けて、9月22日には第2弾のトークイベントも企画された。テーマはくすみ書房さんが遺してくれたものを「受け継いで、広める」。
話し手は、NPO法人北海道ブックシェアリング代表であり、江別の古書店「ブックバード」店主の荒井宏明さん、書肆吉成の吉成秀夫さん、2018年12月に札幌市豊平区で開店予定の「かの書房」店主加納あすかさんという3人の現役書店経営者たち。
進行は北海道書店ナビのライター佐藤優子が担当した。
この日の模様はライブ配信され、現在もYouTubeで配信されている。
荒井さんは、くすみ書房大谷地店時代に店の一角で古書店を展開し、閉店当日もお客様に最後の挨拶をする久住さんの背中を見守った”戦友”的な存在だ。
吉成さんは東区での古本屋独立当初、自費出版した文芸誌「アフンルパル通信」を置かせてもらう縁で久住さんと知り合った。
くすみ書房閉店時には直々にスチールの書架を譲り受け、いま池内店で使っている。
かの書房の加納あすかさんは、大谷地店に何度か足を運んだことがあるという。第一回のトークにも来場し、この日のために久住さんの新刊も読了していた。
付箋がいっぱい貼ってある中から読みあげた箇所は、
「アマゾンで本は届くし、図書館に行けば本は読めますが、たくさんの本が並んでいる本屋で本を買うというワクワクする体験を子どもたちにはいつも味わってほしいと思います」(『奇跡の本屋をつくりたい』P158)
この一行に共感し、自身も新店オープンに突き進んでいる。
書肆吉成単独で200冊以上販売している『奇跡の本屋をつくりたい くすみ書房のオヤジが残したもの』。
「奇跡の本屋」をつくるのは自分たちかもしれない
最後にこの日の主題である「久住さんから受け継いだもの」を3人に聞いてみた。
荒井さんには、久住さんお気に入りの木製書架8本が託されていた。「傷つけないでね。すぐに使うから」と言われたその8本で、琴似の古民家で中高生向け本屋を開くことを夢見ていたという。
「久住さんの頭に浮かぶことは最期まで本屋のこと。ひとつのことに打ち込み、それを実現してきた偉大な人生だったと思います」と故人を讃えた。
同じく棚を受け継いでいる吉成さんは「店を続けていくことが久住さんに対する一番の恩返し」と述べ、自分なりに持続可能な書店経営を模索していくことを宣言した。
最後は、加納あすかさんだ。「久住さんの本を読み、いろいろな方を巻き込む企画力に驚きました。これから自分も吉成さんや荒井さんたちとコラボして、小さな書店の小回りを生かしたネットワークを作りたい」と抱負を語った。
久住さんから加納さんへ。本屋のバトンが渡っていくさまを目撃できた幸せなトークイベントは、あたたかい拍手で終わりを告げた。
トーク後、写真パネルに見入る人も多かった。かの書房が開店したらエリカさんが撮影に行く約束も交わされた。
発売から2カ月経つ今も各地の書店の”一等地”に『奇跡の本屋をつくりたい』が並んでいる光景を見ると、久住さんが、そしてくすみ書房が本当に多くの人たちに愛されていたことを実感する。
書店経営者にとって現在は決して楽観できない状況だが、「本屋のオヤジ」について語ったり考えたりしていると不思議と勇気がわいてくる。
もしかすると「奇跡の本屋」をつくるのは自分たちかもしれないーー。そう考えたくなる希望も、久住さんは遺してくれた。
いつまでも本屋がある暮らしが続きますように。久住さんと私たちはいまもこれからもつながっている。
トークイベント第二弾の撮影:クスミエリカ
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