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第396回 氷室冴子青春文学賞実行委員会 事務局長 栗林 千奈美さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.138 氷室冴子青春文学賞実行委員会 事務局長 栗林 千奈美さん

2018年8月に出版された文藝別冊 『氷室冴子』(河出書房新社)を手に。「賞のこともたっぷりと紹介していただいています!」取材協力/岩見沢市立図書館

[本日のフルコース]
没後10周年に再評価! 故郷・岩見沢で文学賞創設
コバルト文庫で一時代を築いた氷室冴子本フルコース

[2018.10.8]

書店ナビ 氷室冴子(ひむろ・さえこ)という名前を聞いて、「コバルト文庫の?」「『なんて素敵なジャパネクス』の?」と即答したみなさんはきっと、1980年代に10代を過ごした方々でしょう。

平安朝らしからぬ女主人公が活躍する時代小説から、少年少女の複雑な心情や恋心を描いた青春小説、自ら宝塚市に居を構え宝塚歌劇団を徹底的に取材した演劇マンガ原作など、コミック化・映像化された作品は数知れず。
1980年代半ばに隆盛した《少女小説ブーム》の旗手として知られた作家です。

その氷室冴子さんが2008年に肺がんで逝去されて今年で10年。
出身地である北海道岩見沢市では2017年に氷室冴子青春文学賞が創設され、主催者も驚く約800作品の応募が集まり、2018年7月10日に第一回の受賞者が発表されました。

●氷室冴子青春文学賞

http://seisyun-bungakusyo.com/

書店ナビ ここからは、氷室冴子青春文学賞実行委員会の事務局長を務めた栗林千奈美さんにお話をうかがいます。
栗林さんはどのようにして、この賞に関わっていったんですか?
栗林 もともと地元のFM局でパーソナリティーをしていまして、岩見沢のためにもっとできることはないのかなと考えていたときに出会ったのが、札幌ご出身の法政大学教授、増淵敏之先生です。
コミックや映画などの”聖地巡礼”によるコンテンツーリズムを提唱する増淵先生から「岩見沢は出身作家である氷室冴子さんのことをもっと大切にしてもいいんじゃないか?」と言われたときは、ハッとしました。
そのことを岩見沢市立図書館の杉原理美館長や市の方々にお話したところ、皆さん関心を持ってくださって「やってみましょう!」といううねりが出来上がっていった、という感じです。


第一回受賞作品発表後、広い窓の向こうに緑が広がる岩見沢市立図書館1階で特別展示も行われた(2018年9月末で終了)。

文藝別冊 『氷室冴子』
河出書房新社

『クララ白書』『なんて素敵にジャパネスク』『海がきこえる』『銀の海 金の大地』――没後10年、愛され読み継がれる小説家・氷室冴子の軌跡と魅力に迫る総特集!


書店ナビ それでは氷室冴子さんの経歴を振り返りながら、まさに10代のときに氷室作品に読みふけったという栗林さんおすすめのフルコースをご紹介いただきましょう。

[本日のフルコース]
没後10周年に再評価! 故郷・岩見沢で文学賞創設
コバルト文庫で一時代を築いた氷室冴子本フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

さようならアルルカン
氷室冴子  集英社

作家「氷室冴子」のスタートは、札幌の藤女子大学3年生のときに受賞した「小説ジュニア青春小説新人賞」佳作の本作から。小学6年からずっと憧れ続けてきた同級生、真琴への想いの変化で主人公の成長が見え、大人になるということにとまどう少女のナイーブさに胸が痛くなります。

書店ナビ 1957年1月11日、岩見沢市に生まれた氷室冴子さん(本名:碓井小恵子)は北本町小学校、緑中学校、岩見沢東高校を卒業後、札幌の藤女子大学国文科に入学しました。
解説文にもある通り、在学中に応募した本作が出版社に評価され、翌年の1978年には初の著書『白い少女たち』で作家デビュー。誰もが知る「氷室冴子」の世界が始まります。
栗林さんも岩見沢東高校出身だとか。先輩ですね。
栗林 そうなんです。世代は違いますが、一時代を築いた大作家に対する尊敬の気持ちと同時に、”氷室先輩”も岩東に通っていたんだという親近感も持っています。
氷室冴子青春文学賞に関わるようになって改めて作品を読み通したところ、氷室さんが「なにを書こうとしたのか」が詰まっている作品は、やはりこの『さようならアルルカン』ではないのかという思いが、より鮮明になりました。
同級生への憧れや失望、そしてその憧れの対象から自分に届けられたメッセージ……。
その後職業作家として数数の傑作やエンタメ作品を発表し続ける氷室さんですが、心の奥底はこういう繊細さで満たされていたんだろうなと感じます。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

なぎさボーイ
氷室冴子  集英社

背が小さく女顔でシャイな男子”なぎさ”と、男勝りのしっかり者で情にもろい女子”多恵子”たちの友情&恋愛ストーリー。風貌とは裏腹に「男子たるもの」という理想を掲げ、男らしくふるまおうとするなぎさ君にいくつになってもときめきます。

書店ナビ 大学卒業後、少女小説作家として本格的に活動し始めた氷室さんは、藤女子中学の寮をモデルに描いた『クララ白書』がいきなり大ヒット!
宝塚で徹底取材した演劇マンガ『ライジング!』(藤田和子)の原作も手がけ、めきめきと力を付けていきます。
この『なぎさボーイ』はそんな勢いが止まらない27歳のときに発表された作品。対となる作品に『多恵子ガール』があります。
栗林 リアルタイムで読んでいたときは、主人公のなぎさ君が男らしくふるまおうとしている割にはいろんな女のコに目移りするのが気になっていたんですが、中学生男子と小学生女子の母となった今では「この年頃ってそういうものだよな」と納得です(笑)。
いつの時代も男のコより女のコのほうが大人びていることを踏まえると、なぎさくんの焦りも多恵子ちゃんのイライラもよくわかる。今10代の方が読んでもきっと、いろんなところに共感できると思います。

そういえば、かの『名探偵コナン』にもこの『なぎさボーイ』と『多恵子ガール』にオマージュを捧げた「蘭GIRL」と「新一BOY」というエピソードがあるそうです(第87巻収録『サクラ組の思い出 蘭GIRL/新一BOY』)。

書店ナビ 現代の人気作家にも影響を残しているんですね。

「”男まさりでしっかり者”の多恵子ちゃんは、私が関係者の方に教えていただいた氷室冴子さん像とぴったり重なります」

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

なんて素敵にジャパネスク
氷室冴子  集英社

氷室冴子の代表作といえば、シリーズ累計800万部のこちら! 世は平安時代。16歳になった瑠璃姫は当時の風習そのままに周囲から結婚を迫られ、そこから巻き起こる事件の数々。宮廷内の政治的かけひきを背景に、自由奔放な瑠璃姫がいきいきと活躍します。

書店ナビ 続編を含め「ジャパネスク」シリーズは1981年から90年にかけて発表されました。「花とゆめ」に連載されていた山内直実さんによるコミカライズのほか、富田靖子さん主演でテレビドラマにもなりました。
第一話発表から30年以上が経った2018年9月に集英社から復刻版と『ジャパネスク・リスペクト!』というトリビュート集が出版されたことからも、本作の人気の高さがうかがえます。
瑠璃姫、型破りの主人公でしたね。
栗林 ええ、紫式部を「ネクラなおばさん」なんて言ったりしてぶった切ってましたからね(笑)。
雅なイメージが強い平安時代なのに登場人物の感覚が今風で、そこが歴史や古典が苦手な若い読者にもウケたんだと思います。
国文学科出身の氷室さんならではの造詣の深さも随所に散りばめられていて、本作を読んでいたからテストに答えられた、なんていう学生さんも多かったんじゃないでしょうか。
書店ナビ 瑠璃姫の初恋の人、吉野君や幼なじみの高彬(たかあきら)など男子キャラも光ってましたね。
栗林 女子同士で「私は高彬派」とか言い合ってましたよね。今で言うアイドルグループの誰が好き?と同じ感覚。
本作執筆当時20代後半だった氷室さんご本人もお母様に随分結婚を迫られていたそうなので、そのフラストレーションを作品で昇華していたのかもしれません(笑)。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

海がきこえる
氷室冴子  徳間書店

高知の高校から東京の大学に進学した男女を中心に描かれるラブストーリー。奔放で孤独な武藤里伽子に翻弄されながら、友情と恋愛の間で悩むナイーブな杜崎拓君の優しさ……。高知と東京の対照的な風景描写も美しく、アニメ化や続編がドラマ化されたのも納得です。

書店ナビ 1990年にアニメ誌『アニメージュ』で始まった連載は2年後に終了。93年にスタジオジブリによりテレビアニメ化されました。
雑誌連載時に挿絵を担当した近藤勝也さんがそのまま作画監督になり、その出来上がりに対して宮崎駿氏が不満だったというエピソードも、『文藝別冊 『氷室冴子』に詳しく載っています。
栗林 それと映画『魔女の宅急便』について宮崎氏と氷室さんが対談した記事を読むと(ジブリの教科書 第5巻『魔女の宅急便』収録)、2人の「女の子」に対する考え方の違いがわかって面白いですよ。

本作が書かれた90年代当時がバブル期だったことを思うと、男子を振り回す里伽子は、あの「かーんち、セックスしよ!」のセリフで日本中を沸かせた『東京ラブストーリー』のヒロイン、赤名リカとも重なります。
私個人の感想としては、それまで『ジャパネスク』シリーズや『ざ・ちぇんじ!』のように明るいエンタメ路線で一時代を築いた氷室さんが、本作でもう一度初期の『さようならアルルカン』のような女子の内面を丁寧になぞる世界に戻ってきたのかな、という印象でした。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

いもうと物語
氷室冴子  新潮社

「ザ・氷室作品」と言われる少女小説とは種を異にする純文学作品。昭和40年代の岩見沢市を舞台に、小学3年生のチヅルちゃんが笑ったり泣いたりしながら少しずつ成長していきます。電話や石油ストーブが自宅にあるのがまだ珍しい当時の北海道生活が懐かしく、「どしたのさ」なんていう北海道弁も”あずましい”。

書店ナビ 文学賞創設以降、地元でもさまざまな動きがありました。北海道岩見沢緑陵高校の情報コミュニケーション科の学生さんたちが、本作の舞台となった場所を地図にした「HIMUROMAP いもうと物語めぐり1967」を作っています。

岩見沢市立図書館にも置いてある「HIMUROMAP いもうと物語めぐり1967」

栗林 本作は自伝的連作短編集ですので主人公のチヅルちゃんは、氷室さんご本人。有名私立中学の国語の入試問題にもなるほどの文章は行間から情緒がにじみ出て、珠玉のエッセイ『ホンの幸せ』にも本作への想いが語られています。そちらもあわせて読んでみてくださいね。

うちに今、小学2年生がいるので子どもにとって寄り道がどれだけ大切なことなのかわかりますし、自分が小さいときもそうだったことをこの本を読むたびに思い出します。

ごちそうさまトーク 思春期の心の揺れを描いて少女たちを祝福

書店ナビ 2005年、48歳で肺がんステージIVの告知を受けた氷室さんは、ごく親しい友人だけに病状を打ち明けたと言います。その後ご自分で葬儀の準備に取りかかり、2008年6月6日、51歳で逝去。
毎年6月の第一土曜には、友人たちが始めた偲ぶ会「藤花忌(ふじはなき)」が東京の龍善寺で行われています(参加費無料。問い合わせはTwitterの@himurosaekoまで)。

氷室冴子青春文学賞創設にあたり、まず最初にしたことはご遺族に許可をいただくことでしょうか?

栗林 ええ、幸いにも地元のつながりでご遺族と連絡をとることができました。
氷室さんのお姉様から「さえこちゃんは売れっ子作家で、華やかな人生を生きたと思われるかもしれませんが、根本はいつも孤独でさみしかったのかもしれない。こんな風に地元で認めていただいて、きっと本人も喜んでくれると思います」と言っていただけたことが、私たち実行委員の支えになりました。
書店ナビ 作品の応募は小説投稿サイト「エブリスタ」で告知し、全国から約800作品集まったとか。
栗林 Twitter を中心に情報がどんどん拡散していったようで、あらためて氷室作品の影響力、足跡の大きさを実感しました。

結局のところ、氷室さんは小説を書くという行為を通してつねに「少女を祝福したかった」のではないかと感じています。笑いや涙、そして怒りを含め、もっとも繊細な年ごろの心の揺れを書きとめることで、迷える少女たちを祝福していたのではないか、と。

書店ナビ その心の揺れこそが、時代や場所を超える普遍的な魅力としてこれからも新しい読者を魅了していくんでしょうね。
栗林 氷室作品青春文学賞を通じて、そうなってくれたらいいなと思います。あとはこの高まりをどう、地元と連動し定着させていくか。もうすぐ始まる第二回の応募も視野に入れながら、そこを真剣に考えていきたいです。
書店ナビ 同じ岩東出身の後輩、栗林さんによる氷室冴子作品の魅力再発見のフルコース、ごちそうさまでした!

●氷室冴子青春文学賞  第二回の応募概要もじきにリリース!
http://seisyun-bungakusyo.com/

●栗林千奈美(くりばやし・ちなみ)さん
小学3年生から岩見沢市で育ち、岩見沢東高校出身。北海道大学文学部卒業後は福武書店(現・ベネッセコーポレーション)に入社。東京からUターン後、岩見沢のコミュニティFMはまなすに参画。ラジオやテレビに出演するかたわら、フリーペーパー「これっと」などで地元の魅力を発信中。

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