5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や編集者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.31 野鳥写真家 大橋 弘一さん
ご本人の最新刊を手にやさしい笑顔を見せてくれた大橋さん。
[2016.1.11]
書店ナビ | 2016年最初のフルコース企画は札幌在住の野鳥写真家、大橋弘一さんにご登場いただきます。大橋さんは北海道の自然雑誌『faura』の編集長でもあります。 やはり、小さいころから鳥がお好きだったんですか? |
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2003年9月に創刊した『faura』。現在発売中の最新号の特集は「コンブの科学」。
大橋 | 鳥図鑑をどこにでも持ち歩くような子で、しまいにはページがバラバラになったのを覚えています。なぜ鳥が好きか、うーん、それはもう自分ではわからない(笑)。好きなんですねえ。 |
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前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
ときめく小鳥図鑑
中村文著・吉野俊幸写真 山と渓谷社
鳥全般ではなく「小鳥」だけを紹介する本。「図鑑」と名が付いていても図鑑らしくない。女性の視点で見たやさしい文章で「かわいい生きもの」として小鳥を解説。科学的もしくは専門的な雰囲気がなく、気軽に小鳥と親しめそう。
大橋 | 2014年に出た本ですが、こういう本が出たこと自体が時代を反映していると思います。いままでのバードウォッチング本というと専門性が高い真面目な図鑑が多く、それを好んで読む方々も年齢層が上で…まあ平たく言ってしまうとおじさんおばさんの世界(笑)。 それがこの本では若い女性やお子さんたちも楽しめる構成や文章になっていて、従来の《鳥の世界》にはいなかった人たちにも十分興味をもってもらえると思います。 |
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右ページのノビタキは会社員だった大橋さんが写真家に転身するきっかけをくれた鳥。「東京勤務から北海道に異動になり、初めて鳥の写真を撮ったのがこの鳥でした。ノビタキは自分が本当に好きだった世界を思い出させてくれました」
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
庭で楽しむ野鳥の本
大橋弘一 山と渓谷社
野鳥が棲む最も身近な環境「庭先」にスポットを当て、庭先に来る可能性のある鳥だけを図鑑的に紹介する本。バードテーブル設置の手引書でもある。
書店ナビ | 大橋さんが2007年に出された本です。鳥たちの実物大(!)の切り抜き写真を載せた大型本で、初心者にも親しみやすい含蓄ある解説文が好評につき、ただいま11刷のヒット作! |
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大橋 | ありがとうございます。楽天ブックスの動物部門でランキング1位になったこともあり、私の代表作になっています。 |
書店ナビ取材班A | すみません、素朴な質問ですが、鳥の目にアイキャッチ(目に映り込んだ光)が入っているのはどうやって撮るんですか? |
大橋 | それはひたすらその瞬間を待つんです。目のまわりが黒い鳥はわかりにくいですが、できるだけ粘って撮り続けます。 |
書店ナビ取材班A | 根気勝負の撮影に頭が下がります。 |
「餌場を独占するオレンジ色の食いしん坊」(アトリ)、「リンゴの好きな冬の王様」(ヒレンジャク)など、一読して特徴を覚えやすいキャッチコピーが光る。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
ウトナイの鳥
石城謙吉著・嶋田忠写真 平凡社
日本最初のバードサンクチュアリ(野生鳥獣類の生息地の保全を第一の目的として確保された区域)であり、ラムサール条約登録湿地のウトナイ湖の周辺に棲息する野鳥42種を紹介する本。北海道大学苫小牧演習林長だった石城氏の解説文で鳥とはどういう生きものかが、よくわかる。解説文と言いうより滋味あふれるエッセイのような名文が魅力。
大橋 | 私が強く惹かれたのは石城さんの文章です。北大苫小牧演習林長でありながら専門はイワナ研究で知られた方で、どの文章も穏やかなトーンの中にそれぞれの鳥を深く理解し慈しむ気持ちを持っておられることがしっとりと伝わってきます。 なかでも私が好きな文章は、北海道にしかいない小鳥シマアオジの章。本来、鳥のさえずりは動物学的にナワバリ宣言の意味があるんですが、石城さんは「ウトナイ湖畔の静かな雰囲気のなかでシマアオジの声を聞いたりすると(中略)せつせつと哀愁を語りかけるかのよう」で、他の鳥を威嚇する「怒鳴り声なのだと考えて聞くのは、なにかとても恥ずかしい気がしてくるのである」と、まわりの風景と一体化して受け止めておられる。 この本を読んでからはいつかシマアオジを撮るのが夢になり、実際に現地でそのさえずりを聞いたとき、まさに石城さんが書かれたとおりのやさしい響きに胸を打たれました。 この文章のように、鳥を媒介にした自然のありようをそのまま伝えられる写真を撮りたいーー。私の原点を示してくれる今でも大切な一冊です。 |
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肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
日本野鳥歳時記
大橋弘一 ナツメ社
私の最新著書。鳥の名前の語源や民話伝説、古典文学での扱われ方など、私の最も得意とする切り口で季節ごとの野鳥を解説する自信作です。一般の方向けにやさしくわかりやすく興味のわきそうなテーマで執筆。もちろん、抒情的な生態写真もたっぷり楽しめます。
書店ナビ | 昨年の12月10日に発売されたばかりの大橋さんの最新刊です。 |
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大橋 | 写真家になってから15冊目の本になります。《スープ本》に選んだ『庭で楽しむ野鳥の本』でも大事にしていた「どなたでも楽しめる」目線や文学的な切り口を継承しています。 例えば、「メジロ」と聞いて「目白」という漢字表記を思い浮かべる方が大半だと思いますが、じつは「繡眼鳥」という表記もあり、その理由など古典の知識を織り交ぜながら、人と鳥との関係を伺わせる題材を紹介しています。 |
書店ナビ | 呼び名の由来や文学上での扱われ方などを知ると、その鳥がいっそう愛おしく感じられますね。《野鳥の大橋》さんの真骨頂。人に贈っても喜んでもらえそうな、ぬくもりある野鳥解説書です。 |
「繡眼鳥(めじろ)」のページ。詳しくはぜひ本書でご確認ください!
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
ハヤブサ
熊谷勝 青菁社
2015年に出たばかり、室蘭の地球岬に棲息するハヤブサを長年追い続けている写真家の最新写真集。最近少なくなった迫力満点の生態写真は必見の価値あり。野生動物を正面から理解するための生態写真集は、日本の出版文化の上でも重要です。
大橋 | これは私見ですが、自分にとっての写真は「芸術」ではなく「自然科学」的な位置付けにあり、特に図鑑に使われるような写真は「正しい姿かたち」と「科学的な意味」を伝えることに重点を置いています。 そういう意味でも、熊谷さんがハヤブサに肉薄して撮った本書は久しぶりの正統派の生態写真集。すばらしい出来映えに敬服します。 |
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書店ナビ | 羽音や地球岬の波の音までもが聞こえてきそうな臨場感に釘付けになりました。ゴリゴリのハードカバーではなく、手に取りやすいソフトカバーで横長の判型もいいですね。 |
ごちそうさまトーク 「撮らせてね」の気持ちを大切に
書店ナビ | 野鳥の撮影でいつも心がけていることはなんですか? |
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大橋 | 写真を撮るという行為はつねに、主体である撮影者の都合で行われる行為ですよね。特に野生動物は向こうから「撮ってくれ」と頼んでいるわけではないので、基本は被写体に絶対、迷惑をかけないこと。 近づきすぎて繁殖を邪魔したり、鳥がこちらを警戒して巣を放棄してしまうようなことがないようにする。このことは趣味で撮っている方々にもぜひご理解いただけるとうれしいです。 |
書店ナビ | 被写体を思いやる気持ちがベストショットにもつながりそうですね。新春の空に鳥のさえずりが聞こえてきそうなフルコース、ごちそうさまでした! |
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