5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や編集者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.32 らんこし作家デビュー・プロジェクト代表高橋 伸次さん
プロジェクトが目指した出版スタイルは電子書籍だが、取材時には印刷製本したものをご用意いただいた。
[2016.1.18]
書店ナビ | 今週から3回連続で、蘭越(らんこし)町編をお届けします。蘭越町の人口は5000人弱。約2300世帯が暮らす道南の小さな町に、2013年11月とってもユニークかつ大胆なプロジェクトが立ち上がりました。 その名も「らんこし作家デビュー・プロジェクト」! 世帯数の1%の町民あるいは町の関係者が同時に電子書籍作家デビューする!という試みです。 2014年3月の出版記念会までを仲間とともに駆け抜けた代表の高橋さんにお話をうかがいます。 |
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高橋 | 僕らがこれを始めた動機は「蘭越町をメジャーにしたい!」という一点のみ。お隣りのニセコに比べるとどうしても知名度がおとり、何もしないままでは冷え込む一方の地元を少しでも多くの人に知ってほしいという仲間3人と実行委員会をつくりました。 おかげで第一回の締切で38冊、その後も増えて現在まで68冊の本を電子書籍のプラットフォーム「パブー」を使って無料公開しています。どなたでもご覧いただけますので、ぜひこちらのリンク先に飛んでみてください。 http://p.booklog.jp/users/rankoshi |
書店ナビ | それではプロジェクト全体の紹介も織り交ぜながら、発表作品5タイトルでつくったフルコースを見てまいりましょう。 |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
きのこ回文絵本 この木にきのこ
回文制作・中島潔、絵・前田然太
http://p.booklog.jp/book/82564
蘭越町在住、きのこアドバイザーの資格を持つ作者が、仕事で知り合った沖縄県宮古島在住の小学生とコラボしてつくった絵本です。子供から大人まで笑いながら楽しめる作品だと思います。
高橋 | 回文を考えた中島さんは野山に詳しい“きのこ博士”で、僕ら実行委員会が説明会を開いたあとすぐに「きのこの本を作りたい!」と名乗りを上げてくれました。 中島さんの回文に味のある絵をつけてくれたのは、当時小学6年生の前田くん。絵が沖縄から届くのが遅くてヒヤヒヤしましたが、待ったかいがある傑作が出来上がりました。個人的にも大好きな一冊です。 |
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前田くんのスルドイ解釈が回文の面白さをさらに際立たせている。
書店ナビ | 「世帯数1%」の書き手募集は大変だったのでは? |
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高橋 | 今だから打ち明けますと、2400弱の世帯数に対して24人という目標を掲げたものの、内心「ムリかも…」と不安になったときもありました(笑)。 でもいざ募集を始めたら目標をあっさりクリアー。「書きためたものがある」「書きたい題材がある」という方が予想以上に多くてビックリしました。 なかには僕がスカウトした85歳のおばあちゃんもいます。趣味で続けている大人のぬり絵を「本にしないかい?」と声をかけたら、最初は「とんでもない!」と固辞されましたが、じきに「あんたに言われたのなら仕方がないねえ」と笑って仲間に入ってくれました。 |
平素は「蘭越町高齢者生活福祉センターこんぶ」にお勤めの高橋さん。
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
硫酸山再生記 ~北海道 蘭越~ 硫酸が湧く不思議な小山に緑が戻った
下島亘
http://p.booklog.jp/book/81326
かつて蘭越町には硫酸が生成される山がありました。その土地に2004年春に移住してきた作者が「いまは裸の山を硫黄山と名付け、緑を再生しよう!」と努めてこられた10年間の奮闘を綴った作品です。
書店ナビ | 内容は、農業やガーデニングに精通した著者がたった一人で始めたハゲ山を緑化する「硫黄山自然再生プロジェクト」。移住後にはじめて知った地質(「もしこの場所を緑にすることが出来たなら、世界のどこだって緑にすることが出来ますよ(笑)」)に驚くところから始まり、徐々に緑化の協力者を増やしていき、有機農業の体験希望者と農場側を結びつける「WWOOF(ウーフ)」にも登録、世界20カ国以上から100人を超える“ウーファー”を受け入れ、緑の山に再生させるところまで…とても一個人が始めたとは思えない、壮大かつ貴重な緑化活動の記録です。 |
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高橋 | 「まちを有名にしたい!」という僕らの思いつきに、これほど本格的なものが出来上がってくるとは思いませんでした。本当にありがたいです。 |
あとがきには「よき執筆機会を与えてくれた「らんこし作家デビュー・プロジェクト」の4人の皆様、とりわけ担当になっていただいた渡辺豪さんに心よりお礼申し上げます」とある。
書店ナビ | 4人の実行委員が数名ずつ“作家さん”を受け持ったんですね。 |
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高橋 | 4人で分担できたからやれたんだと思います。締切厳守で、「間に合わなかったらまた次の機会に」という決まりにしました。 |
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
二人のオリンピアン 福原吉春 気田義也
今野順哉
http://p.booklog.jp/book/81326
蘭越町にはオリンピック出場という、歴史に名を刻んだスポーツ選手がいました。その2人のアルペンスキーヤーの軌跡に迫ったノンフィクションです。作者もスキーインストラクターで、ニセコのパウダースノーに惹かれて蘭越へ移住されて来た方です。
高橋 | 1964年のインスブルックと1968年のグルノーブル、二度の冬季オリンピックに出場した蘭越町のアルペンスキーヤー福原・気田の両選手はまちの自慢であり、格好の出版素材。今回のプロジェクトでも僕ら委員会側が考えていた「ぜひ取り上げたい題材リスト」に入っていました。 そうしたら、ニセコアンヌプリスキースクールの指導者である今野さんのほうからその2人について書きたいというお申し出があり、こちらは願ったりかなったり。うまくハマッてくれたお手本になりました。 |
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書店ナビ | 確かに著者である今野さんが在籍するスクールの同僚に福原氏の甥っ子さんがいたり、蘭越スキー連盟にも気田氏の弟さんがいたりして、貴重な証言を聞ける環境が整っていたようですね。 こういう作品を生み出せたことからもプロジェクトの勢いを感じます。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
口語訳 恵曽谷日誌
山田民弥著、佐藤健彦解、行方洋子訳
http://p.booklog.jp/book/87799
山田民弥著、佐藤健彦解、行方洋子訳
蘭越町やその周辺地区の開拓が始まった明治初期の古文書の口語訳。全214ページの大作で、町にとっても貴重な史料となっております。
書店ナビ | ちょっと入り組んでいるので補足しますと、 明治2年、米沢藩士の山田民弥ら7名が新政府から米沢藩に割譲された後志国磯谷(シリヘシ・イソヤ)視察のため、当地に派遣されました。その旅程を山田が克明に記録したのが「恵曽谷日誌」(えそやにっし)です。 ところがこの原本は古文書のため、元蘭越町教育委員長の佐藤氏が以前から原本解釈および活字化に取り組んでおり、それをさらにやさしい口語訳にしたのが蘭越町の図書館ボランティアの行方さんである、ということですね。 |
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高橋 | 北海道入植期の様子を伝える学術史料としても大変価値があるものだと思います。 |
書店ナビ | 題材も人材も揃っている蘭越町、すごいですね! |
現在公開中のタイトルのなかには「母からの手紙」のように私的な題材も多い。私信から立ち上る普遍的な親心に我が身を振り返る人も多いのではないか。「母からの手紙」http://p.booklog.jp/book/90590
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
僕たちのワイナリーができた!(予告編)
松原研二
http://p.booklog.jp/book/82472
現在ニセコ界隈はワイン特区に認定されました。ワイナリー開設に興味を持っている方も少なくないと思います。ワイナリー開設の「予告編」に続いて「悪戦苦闘編」もアップ。作者いわく「完結編は出ない」かも??
書店ナビ | 北海道ワインで醸造技術を学んだ松原さんは平成5年に蘭越町に入植。松原農園でワイン用ぶどうを栽培し、平成26年からは自家醸造もスタート。ミュラートゥルガゥ100%のワインをリリースしています。 松原農園ワイン http://matsubarawine.com/ |
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高橋 | もともと松原さんのところで「松原農園だより」を出していて、それをもとに編集したのがこの2作品です。「一冊にまとめられない」とおっしゃって、まずは「予告編」を発表し、その後2冊目はご自分から「できたよ」と知らせてくれました。まちが誇るワイナリーです。 |
各所に挿入された手描きイラストが語る“本音”にくすりと笑わされる。
ごちそうさまトーク ノウハウをまるっと世界に発信!
書店ナビ | 笑いを誘う回文絵本や緑化活動・ワイナリーの奮闘記、人物伝、古文書の口語訳。これらの多彩なラインナップに加えて、プロジェクトそのものを題材にした「あなたの街も本出版で町おこし~ノウハウ公開~」(http://p.booklog.jp/book/84001)も読める「らんこし作家デビュー・プロジェクト」。今後の予定を教えてください。 |
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町内の花一会図書館には閲覧用の本が贈呈され、専用コーナーもある。
高橋 | 作家の千石涼太郎先生たちをお招きした出版記念会は新聞やYahoo!ニュースにも取り上げていただき、蘭越町の名前をメディアに載せるきっかけになったと思います。でも、正直な気持ちは「まだまだ」。引き続き次の募集をかけてプロジェクトを盛り上げていく予定です。 …あの、実はですね、僕も個人として1冊(全14ページ)書いたんですが、千石先生に「代表の高橋さんが一番文才がない」ってバッサリ斬られちゃいました(笑)。 |
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2014年3月の出版記念会。高橋さんはいろんな意味で輝いている。
書店ナビ | それはぜひ2作目を書いてリベンジしないと(笑)。蘭越町の秘めたる宝物を掘り起こした「らんこし作家デビュー・プロジェクト」フルコース、ごちそうさまでした! |
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