Vol.149 藤女子大学 人間生活学部人間生活学科 教授 伊井 義人さん
伊井先生の勤務先である藤女子大学花川キャンパスでお話をうかがった。
[本日のフルコース][2019.2.25]
書店ナビ | 藤女子大学の伊井義人先生は北海道の様似町出身。東北大学で先住民教育をテーマに教育学の博士号を取得され、2008年から藤女子大学にお勤めです。 専門領域は比較教育学。オーストラリアと日本の教育を比較されているそうですね。 |
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伊井 | 一口に比較教育学といっても、さまざまな研究分野に枝分かれしており、私が特に関心を持っているのが「平等」という概念です。 よく、日本は「誰もが平等に教育を受けられる」国と言われ、確かに平等に教育を受ける「機会」はある程度保証されていますが、そこに伴う「結果」も皆同じ、となっていないことは、みなさんもご承知のことだと思います。 誰もが等しく学校に通えるはずなのに、学力や学校に対する姿勢に差ができてしまうのは、なぜなのか。 こうした課題を考える際に他国に目を向けるのは非常に有効な手だてであり、先住民教育が盛んなオーストラリアの事例を見ながら、日本に照らしあわせて考えていくというやり方を試みています。 |
書店ナビ | フルコースのテーマは「大学生活で正しく道に迷うガイドブック」です。 |
伊井 | これは常日頃から望んでいることですが、学生たちには大学4年間を一見スマートに見えがちな”最短距離”で進むのではなく、おおいに道に迷いながら進んでいってほしい。 私は特に教職課程を担当していることもあり、将来、教え子たちの人生に関わることになる教職を選ぶ学生たちであればなおさら、学生のうちにたくさん”迷子”になってほしい。 自分はどういう人生を送りたいのか、どういう人間になりたいのか。その答えを得ようとしてたくさん迷った分だけ、大学生活の実りも豊かになります。 そんな思いをこめて、この春から大学生になる皆さんにもぜひ手に取っていただきたい5冊をピックアップしました。 |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
大学生活の迷い方 女子寮ドタバタ日記
蒔田直子 岩波書店
同志社大学松蔭寮で寮生たちに寄り添ってきた名物寮母さんの著書。30年の長きにわたって見守り続けてきた女子大生たちのドタバタエピソードを通して、自分で考えること、立ちどまることの必要性をやさしく教えてくれます。
書店ナビ | 女子寮日記とは、藤の学生さんたちも共感しやすそうですね。 |
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伊井 | 新書なので気軽に手を伸ばしやすいですし、寮母さんという第三者目線で描かれている読みやすさも、本書を勧めた理由です。 大学に入ると高校時代とは違う友人関係が生まれ、なかには留学生を含めまったく新しい価値観に触れる場面も多くなると思います。 そのときに、「あれ、自分が今まで信じていた”当たり前”とか”普通”って何だったんだろう?」と悩んだり、落ち込むこともあるかもしれません。 でもそうやって不器用に大学生活を過ごしていく過程こそがとても大切なんだよ、ということを軽やかに教えてくれる大学生活入門書です。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
新版 論理トレーニング
野矢茂樹 産業図書
野矢先生はウィトゲンシュタインなどの本格的な研究書を執筆されるかたわら、哲学や論理学の入門書の執筆も多数。本書は2001年に出版されたものを2006年に改訂した新装版。私の授業でも時折使わせてもらっています。
書店ナビ | 「迷ってもいい」という《前菜本》から次は打って変わって「論理的思考を身につけよう」というトレーニング本です。 |
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伊井 | 大学の4年間は学生たちにとってすごく長く、大切な期間です。その間いろいろな迷路に入り込んでほしいのだけれど、ただ感情に振り回されて、”やみくもに迷いっぱなし”ではさすがに4年間がもったいない。 おそらく悩みの大半が友情や恋愛、サークルあるいはバイト先での人間関係だとしたら、そこで自分はこの問題についてどう思うのか、相手はどう考えているのかを論理的に整理できる思考があれば、次の一歩を”正しく”踏み出すことができます。 TwitterやLINEなどのSNSでも、すぐにハッシュタグやトレンドのキーワードに飛びつくのではなく、その背後にはどんな主張や根拠があるのかを問う冷静な思考を身につけてほしい。 声の大きさや文章の長さではなくて、思考の深さを学ぶ。本書の例題を解いていくと、その訓練になります。 |
高校までは科目として教わらない論理学。社会人にとっても必要な学問だ。
肉料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
深夜特急
沢木耕太郎 新潮社
1980年代後半から90年代にかけて沢木耕太郎が執筆した紀行小説。バックパッカーと呼ばれる個人旅行者たちのバイブル本でした。私もインドのデリーからイギリスのロンドンまで、26歳の主人公「私」になって旅をしました。
伊井 | 私がこの本を読んだのは大学生のとき。俳優の大沢たかおさんが出演したセミ・ドキュメンタリー番組のDVDも持っています。 同世代の妻も若い頃に読んだようで、あるとき夜中の3時頃に目が覚めてリビングに行ったら妻がビール片手にDVDを見ていて、「わかる、たまに見たくなるときがあるよね」とうなずきあいました(笑)。 |
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書店ナビ | 近年、若者の”内向き思考”が話題になっていますが、ネットで知るのと現地に行くとでは、やはり雲泥の差がありますよね。 |
伊井 | 自分の慣れ親しんだ環境が心地よい、というのはとてもよくわかりますが、そこから一歩も出ないまま4年間を過ごすというのは考えもの。 時には海外の街頭で道に迷ったりしてみると、人生に新たな彩りが加わるかもしれません。 それにね、若いうちに旅を勧めたい理由は、たまに計画通りに行かない偶発性を楽しむ力や、「これ以上進んだら危ないかもしれない」という危機管理の感覚も身につけてほしいから。 言い換えれば、状況が変わっても生き抜く力を鍛えるためにも学生のうちに知らない世界を訪ねて行ってほしいと思います。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常
二宮敦人 新潮社
『深夜特急』は海外が舞台なので、次は学内にいながらにして遭遇する異人たちの本を選びました。東京藝大出身者である妻をきっかけに、「芸術界の東大」全学科に潜入した著者の前人未到の探訪記。
書店ナビ | 迷い道を楽しむにも気力・体力が必要です。学生たちの”ココロの体力”がつくようにと、伊井先生からの2品目の《肉料理》はこちら。2016年に出版されて以来、カオスな表紙と内容で随分話題になりました。 |
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伊井 | 藝大に限らず、大学という場所は全国から「何か」を学びたい人たちが集まってくる場所ですから、その共通の目標を除けば、高校までは出会ったこともなかったような人や、なかにはビックリするくらい個性的な人もいると思います。 でもそんな個性的な他者を「よくわからないからヤだな」と避けるのではなく、「こんな人もいるんだ」認める方向になっていければいいですよね。大学で友達をつくりたいのなら、自分から”ガツガツ”いっていいと思います。 |
書店ナビ | 確かに、そういう他者に対する免疫みたいなものを在学中につけておくと、社会に出たときにもその経験が下地となって将来の自分を助けてくれそうですね。 |
伊井 | ええ、それに本書は藝大というさらに特殊な設定なので面白おかしく読みながら、読み終える頃には「もう、どんな人がいても驚かない」くらいの心境になれそうです。 |
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
ハチミツとクローバー
羽海野チカ 集英社
私はこの漫画が好きすぎて、娘の名前を「はぐみ」と名付けてしまいました。漫画から入るもよし、映画あるいはテレビドラマから入るもよし。大学生活の魅力をあますところなく伝えてくれる、永遠の青春コミックです。
書店ナビ | 伊井先生の娘さん、「はぐみ」ちゃんなんですね!とってもステキです。 |
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伊井 | 子どもと一緒に親も育っていこうという思いもこめました。 もともと、このコミックは学生から「先生、面白いですよ」と勧められて読み始め、人生で唯一最後まで読むことができた少女マンガです。 教員目線で見るとやはり、迷える学生たちを見守る花本先生の雰囲気や学生たちとの距離感が大好きです。 新入生の皆さんには、友人や先輩たちと同じくらい大学の先生方ともオープンマインドな人間関係を築いていってもらいたいですね。 |
指導している学生たちと同僚の船木幸弘先生(右端)と一緒に。
ごちそうさまトーク 研究室のドアはいつでも開いている
書店ナビ | あらためて、5冊を振り返ってみていかがですか? |
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伊井 | うーん、やっぱり「大学はワクワクする場所であってほしい!」という自分の願いが、5冊を選んだ根底にあるのかなと感じます。 私の好きな言葉に「井の中の蛙大海を知らず」ということわざがありますが、実はあれには続きがあって「されど空の青さを知る」で終わっています。 学生生活は、学生が十人いれば十通りの「空」が見えてくるでしょうが、どうかその景色がタテにもヨコにも広がりのあるすばらしいものであってほしい。 そして新入生や現役生、もっと言うと卒業生たちを含めた全員に「何かあったときは、研究室のドアはいつでも開いているよ」ということを忘れないでいてほしいですね。 |
書店ナビ | 「いくらでも迷ってもいい」と背中を押してもらい、大学に通う日々が楽しくなりそうなフルコース、ごちそうさまでした! |
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