北海道書店ナビ

第242回  歌人 田中綾さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.19 歌人 田中 綾さん

北海学園大学人文学部の日本文化学科で教鞭をとっている田中さん。取材は大学の研究室でお話をうかがった。

[本日のフルコース]
紙と鉛筆があれば、あなたも歌人
いろいろな角度から《歌》に親しむフルコース

[2015.10.5]

書店ナビ 今回の選者は札幌市出身の歌人であり書評家の田中綾さんにお願いしました。現在、北海学園大学人文学部教授として日本文学に関する授業を行うかたわら、北海道新聞の日曜文芸欄でコラム「書棚から歌を」を連載中。
知的書評ゲーム「ビブリオバトル」の普及にも熱心で、定期的に開かれている学生有志主催のビブリオバトルを見守っています。
田中 以前はくすみ書房さんの一画をお借りして開いていたのですが、いまは北海学園大学生協さんのご厚意で教育会館2階にある書店「G’booKs」のスペースを使わせてもらっています。
書店ナビ それは頼もしいバックアップですね。もとは京都大学の一研究室から始まったビブリオバトル、北海道でも大学から盛り上がってくれるとうれしいです。
さて、今回は歌人である田中さんの本職《歌》のフルコースを作っていただきました。中学・高校で習う古典のイメージが強い短歌や万葉集の世界にどう近づいていけるのか、興味津々です。

「G’booKs」ではビブリオバトルのチャンプ本コーナーを設け(10月6日で終了)、自主発行の広報冊子でもビブリオバトルへの参加を呼びかけている。

北海道新聞の連載コラム『書棚から歌を』が2015年6月単行本になって好評発売中。

かわいい「綾センセ」のイラスト付きブックカバーは「G’booKs」オリジナル。イラストは「元教え子のイラストレーター上小倉宏幸さんが描いてくれました」

[本日のフルコース]
紙と鉛筆があれば、あなたも歌人
いろいろな角度から《歌》に親しむフルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

ドラえもん短歌

ドラえもん短歌
桝野浩一選  小学館

子どもも大人も、とっても大好き「ドラえもん」♪ あるテレビ番組で、歌人・桝野浩一が「ドラえもん」の題で短歌を募ったところ、全国から続々とユニークな作品が寄せられました。その傑作選で、〈僕たちが今進んでいる方向の未来にドラえもんはいますか〉(仁尾智)などフレッシュな短歌を、マンガとともに楽しめます。

書店ナビ 子どもからお年寄りまで皆が知っている「ドラえもん」を歌う。これは歌の世界に入りやすいテーマですね。
田中 各ページがフキダシになっているレイアウトもかわいらしいので、学生たちによく紹介しています。
上の解説にも書きましたが、〈僕たちが今進んでいる方向の未来にドラえもんはいますか〉の一首をしっかり読むと、昔は弱いのび太くんを救ってくれたドラえもんがいたけれど、平成のいまは格差社会が進み、自分たちを救ってくれるドラえもんはもうどこにもいないのか…将来に不安を抱えた若者の叫びに聞こえてきます。
書店ナビ ドラえもんでそこまで歌えるとは…深いですね。コミックの世界観を知っているからこそ、実感をもって詠み手の心に共感できます。
書店ナビ取材班K タイムマシンに乗ってこの本を中学生だった自分に届けたいです。きっと古典や歌に対する拒否反応が消えたと思う。小学生の息子たちにも読ませたいなあ。

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スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

桜は本当に美しいのか

桜は本当に美しいのか
水原紫苑  平凡社

「花」といえば、「桜」。卒業式といえば、いわゆる「桜ソング」。おいおい、そんな概念、刷り込まれたものじゃないの? 桜が「美」の象徴となったのは、勅撰和歌集(『古今集』など)の時代から。権力者が、国家とその民とを統括するため、文化装置として活用した概念が「桜」の美だったとしたら――既成の価値観を疑うことから始まる一冊。

田中 歌人に限らず日本人の心の根底にはいつも桜がある、と思われがちですが、『万葉集』の時代は実は梅が主流。それが天皇や上皇の勅宣によって編纂された勅撰和歌集が出始めたとたんに桜の出番が多くなる。
霊力があるといわれる桜と天皇のイメージを重ねていく文化装置としての機能が高まっていった、という説をひもといていく新書です。
書店ナビ 確かに日本人で「桜がきらい」という話はあまり聞いたことがありません。無条件というか無抵抗に(しかもちょっとアリガタク)桜の美を受け入れている自分たちの既成概念が、もしはるか昔に仕掛けられたものなのなら…。毎年何も考えずに花見に行っている場合ではないのかも。
田中 (笑)でも北海道のエザヤマザクラは本当にきれいですよね。野生種独特の美しさがあり、宮廷人たちの思惑とは遠い素朴な美は愛でる価値があると思います。

田中さんの「創作論」の授業では短歌を創作。授業の集大成として合同歌集を出している。

「コンビニ」を漢字で表現するとしたら? 学生たちの発想は自由に膨らみ、「日本之闇」とする人や「同級生再会場」と表す人も。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

万葉集の発明

万葉集の発明  
品田悦一  新曜社

明治新政府が、近代国民国家として国際的なデビューを果たしました。あら、たいへん、世界に誇示する「国民文学」を用意しなくちゃ! 『源氏物語』もいいけれど、天皇の色恋ざたはちょっとねえ…そうだ、「天皇から庶民まで」あらゆる階層の短歌を集めた『万葉集』こそ、「国民文学」にふさわしい! そんな経緯を実証的に明かした、スリリングな書。

書店ナビ ドイツにはゲーテが、イギリスにはシェイクスピアがあるように、近代国民国家たらんとする日本にも国民文学がないと恥ずかしい。そこで選ばれたのが『万葉集』だった…。
「『万葉集』にしよう」と決めたのは誰なんですか?
田中 明治新政府の官僚が、ブレーンである有識者らと懇談した、とあります。
明治以前、『万葉集』は一部の教養人たちが読める体裁のものしかありませんでしたが、明治を迎え出版文化が盛んになると、国文学者であり歌人の佐佐木信綱の編纂による庶民向け『万葉集』が出版され、誰でも気軽に読めるようになりました。本書では、この流れも『万葉集』の国民文学化に影響していると説明しています。
書店ナビ 学校で習う『万葉集』にそんな過去があったとは。今回の《歌》フルコースは意外なことだらけです。

歌人の佐佐木信綱は短歌結社「竹柏会」を主宰し、歌誌『心の花』を出していた。同時代の著名な歌誌といえば、正岡子規門下による『アララギ』。田中さんの研究室で復刻版を見せていただいた。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

瞽女(ごぜ)うた

瞽女(ごぜ)うた
ジェラルド・グローマー  岩波書店

(国学は別として)歌は本来、「芸」ごと。近世、日照時間や栄養の不足から失明者の多かった越後では、そんな女性たちに三味線と歌を伝え、「ごぜさん」としての商いを優遇しました。そんな社会保障政策の一端が、明治以降、変化してゆくさまを、米国生まれの研究者が追った労作。

書店ナビ 日照時間や栄養の不足で失明、という現代では考えられない境遇の「ごぜさん」たちが主人公の研究書です。
田中 弱者にあたる「ごぜさん」たちに技能をつけさせて日本中どこにでも行ける鑑札を渡し、自活できるように促す。この当時のシステムを先進的な社会保障だととらえた著者の目線に驚くばかりです。
新しい土地で新しい話題を耳にする彼女たちは、芸人であると同時に各地の最新情報を他の土地で広め伝える新聞記者であり、ニュースキャスターでもありました。その役割が先ほどもお話したとおり、明治の出版・印刷文化の発展に伴い徐々に変わっていく…。
この本の素晴らしさは、外国人であるジェラルド・グローマーさんが文献研究だけでなく、自ら聞き書きをして歩いたフィールドワークの結集であるというところ、そして日本人が見落としていた部分を真正面からとらえた視座の深さにあります。
2014年にようやく新書化され「もっと読まれるべき一冊」だと思い、今回紹介させていただきました。
書店ナビ 新書だとあなどってはいけない、食べごたえ十分の《肉料理》本。確かにうけたまわりました。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

てんとろり

てんとろり
笹井宏之  書肆侃侃房

「うたふ(歌う)はうつたふ(訴ふ)と同根の語」とする折口信夫の説に、一票を投じます。病で夭折した笹井宏之は、他者と私(自分)とがつながれる=信頼しあえる可能性を、訴えかけてくれます。〈掘り下げてゆけばあなたは水脈で私の庭へつながっていた〉〈いつからかあなたが虹でTシャツで椅子でついには私なんです〉――人と人は、まだ、信じられるのですね。

書店ナビ 故・笹井宏之(本名・筒井宏之)さんは1982年8月1日佐賀県の生まれ。「15歳の頃から身体表現性障害という難病で寝たきりになり日常生活もままならず、佐賀県立武雄高等学校を中退。2004年、インターネット上の短歌サイトや地元紙に作歌・投稿を始め」(ウィキペディアより引用)、その傑出した才能で注目を集めます。2009年1月24日、26歳で夭逝。本人のブログは父である筒井孝司さんがいまも更新を続けています。
田中 笹井さんがつむいだ短歌はすべて、《人とのつながり》が源にあります。
〈コーヒーにあたためられた喉からの声で隣の人があたたまる〉
〈隣の人があたたまる〉。この目線がなんてやさしい…。
この『てんとろり』を3.11以降に読んで、私自身すごく励まされました。困っている人や弱っている人たちに私たちは無関心ではないこと、「あなたを見ていますよ」ということを伝えられる。笹井さんの作品を読むと短歌でこういうことができるんだとわかり、胸が熱くなりました。
書店ナビ 自分のためにも読みたいですが、気にかけている人にも贈りたくなる。そんなやさしさに包まれた歌集ですね。

「笹井さんをきっかけに穂村弘さんなど現代短歌で活躍されている方々の歌も読むようになりました」

ごちそうさまトーク 短歌は[八音×五回]が原形だった!

書店ナビ取材班A ひとつ質問があるんですが、いいでしょうか。
田中 はい、どうぞ。
書店ナビ取材班A 短歌の五・七・五・七・七の三十一文字って一体誰が、いつ決めたんですか。ずっと気になってたんです。
田中 あ、実は私もまったく同じ疑問を持ち続けていて、大学の卒業論文はそのことをテーマに書きました。
中国の漢詩なども調べたところ、もともとは[八音を五回繰り返す四十音]が原型だったようです。けれども、それが日本では八音を五回も繰り返すのは疲れてしまう、発音しづらいということで[五のあとに三休む、七のあとに一休む、五のあとに三休み、七のあとに一休むを二回繰り返しての三十一文字(みそひともじ)]になりました。
短歌の魅力はこの休んでいる休音の美学にあるとも言われています。
書店ナビ取材班A もとが八音×五回とは知りませんでした!ありがとうございました。
書店ナビ 歌人であり大学の先生に歌の魅力を教わるという、これ以上ないほどぜいたくな《歌》のフルコース、ごちそうさまでした!

●北海学園大学人文学部 田中綾さんの教員紹介ページ

お知らせ:全国大学ビブリオバトル2015 北海道Aブロック予選会開催!
観戦自由(予約不要)・学外の方もお気軽にご来場ください。
日時/2015年10月24日(土)13:30〜14:30
会場/北海学園大学 7号館4階D41番教室
お問い合わせ/011-841-1161(内線2624)田中研究室

2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんにお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。

《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。

読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。

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