2024年4月から北海道大学 大学院文学研究院に着任された川崎公平先生。マンガや映像、映画などを取り扱う映像・現代文化論研究室に所属している。
[2024.12.13]
書店ナビ:2024年10月28日にマンガ家の楳図かずおさんが88歳でお亡くなりになりました。 “ホラーマンガの神様”とも呼ばれた楳図さんのマンガ業に敬意を表して、北海道書店ナビでは楳図かずおフルコースをお届けします。
選者は、ホラーマンガやJホラーに詳しい北海道大学准教授の川崎公平先生にお願いしました。
川崎 公平 北海道大学 大学院文学研究院・大学院文学院・文学部
北大大学院文学院・文学部の言語・文学コースにある映像・現代文化論研究室の卒業論文を見ると、ジム・ジャームッシュや綾辻行人、「チェンソーマン」、新撰組表象など面白そうなテーマが並んでいる。
書店ナビ:川崎先生が初めて読んだ楳図マンガは何だったんですか?
川崎:大学生の時に『漂流教室』を読んでハマりました。面白すぎてそこから読めるものは全て読むようになり、修士論文を『イアラ』や『神の左手悪魔の右手』などの作品研究で執筆し、博士課程に進んでからも楳図作品で2本論文を書きました。
書店ナビ:今回はたっぷりとお話をうかがいたいので《食前酒》がわりに楳図氏のプロフィールを読者の皆さんと共有してから、早速フルコースにまいりましょう!
楳図作品は電子書籍にもなっているが美しい特装版も多数出ており、出版社のリスペクトが伝わってくる。
1936年、和歌山県高野山に生まれ、奈良県で育つ。小学校4年生でマンガを描き始め、高校3年生の時『別世界』『森の兄妹』(トモブック社)でデビュー。『へび少女』『猫目小僧』などのヒット作により、”ホラーマンガの神様”と呼ばれる。『漂流教室』で小学館漫画賞受賞。幼稚園児を主役にしたギャグマンガ『まことちゃん』も大ヒット。作中のギャグ”グワシ”は社会現象となった。他にも『おろち』『洗礼』『わたしは真悟』『神の左手悪魔の右手』『14歳』など、数多くのヒット作を生み出す。
2018年、『わたしは真悟』で仏・アングレーム国際漫画祭「遺産賞」受賞。同年度、文化庁長官表彰受賞。ホラー、SF、ギャグと幅広い分野でのマンガ文化への貢献と、2022年開催の「楳図かずお大美術展」で発表した27年ぶりの新作『ZOKU-SHINGO小さなロボットシンゴ美術館』に対して2023年、第27回手塚治虫文化賞特別賞受賞。
赤白のボーダーシャツがトレードマークで、吉祥寺のアトリエ兼住居(通称「まことちゃんハウス」)の外壁もおそろいに。2024年10月18日、胃がんで死去。88歳だった。
川崎:この時代の作品は、楳図本人が「動物シリーズ」と呼ぶように猫や蛇、くもなどの生き物に変身した人物が襲ってくるというストレートな怖さを描いたものでした。
本書の収録作品である「ママがこわい!」で言うと、口が耳元までぐわっと裂ける造形、しかもそれが身近な人物の中でもとりわけ「おかあさん」であるという怖さが、少女フレンドの読者に突き刺さりました。
同時代に読んだ人たちの「楳図マンガが載っている号は怖くて遠ざけていた」とか「楳図かずおのページだけホッチキスで止めていた」という話がたくさんあります。
書店ナビ:美しいおかあさんからへび女への急変がすさまじかったです。
川崎:女性と蛇を組み合わせる蛇女伝説は世界各地にも見られ、そのことを取り上げた研究もたくさんあります。
ただ、そうした物語はおおむね女性の嫉妬心や執着心を蛇と結びつけ、女性を怪物的なものとして表現する傾向があり、もちろん楳図作品にもそういうところがあるのですが、そこだけにとどまっていない。
本作でも「実は自分を蛇だと思い込んでいたら実際に鱗が表れる病気だった」という設定が盛り込まれていたりして、楳図かずお独自の解釈が含まれています。
「現在入手が難しいかもしれませんが『楳図かずお画業55th記念 少女フレンド/少年マガジン オリジナル版作品集』(講談社漫画文庫)は雑誌掲載時の状態をそのまま復刻しており、当時の読者を震え上がらせた楳図作品の盛り上がりを紙面の隅々から感じ取ることができます」
川崎:楳図は作品が単行本化される際にかなり手を加えていたようで、今流通しているものの多くはその改訂版です。雑誌掲載時のものと見比べると、例えば変身後のへび女の表情もあとから書き足したことがわかります。
書店ナビ:紙で手に入れたい方は、楳図かずおデビュー50周年記念企画”UMEZZ PERFECTION!”シリーズで『おろち』全4巻が発売されています。
表紙の美少女が不老不死かつ不思議な力を持つ謎の存在「おろち」。彼女が運命に翻弄される人々の人生を見届ける9つのストーリーで構成されています。
川崎:私はこの頃の作品がすごく好きで、どれもとにかく過剰な人間ドラマが連なる濃厚な《スープ》のよう。一度あることに執着したら、その後の全人生をその執着で生きる。そういう人たちが次々と出てきてます。
書店ナビ:どの物語にも「あっ」という結末が用意されていて、純粋に面白かったです。
川崎:この頃から楳図は心理的な恐怖を描き始め、登場人物の心の内面、罪や秘密が意図的に隠されたまま物語が進んでいき、最後にそれが明らかになって皆を驚かせるという、いわばミステリの謎解きのような要素も含んでいます。
「表現の特徴としては口を大きく開けて相手を指差して告発する。そのリアクションがいわゆるこの”楳図顔”。初めて見たときは衝撃を受けました」
川崎:おろちは人の過去がわかる特殊能力を持っているんですが、いつも相手のことが読めるわけではなく、全ての事態を把握できるとは限らない。
そうした”なんでもお見通し”ではないキャラクター設定が、結末に向けた情報量の絶妙なさじ加減となってクライマックスの面白さを際立たせています。
楳図作品は数多く映像化されていますが、2008年公開の鶴田法男監督、高橋洋脚本の映画版『おろち』は良かったですね。監督と脚本家がいわゆる“Jホラー”の立役者なのですが、楳図の映像化作品で一番いい作品だと思います。
書店ナビ:本作は1972年から74年にかけて週刊少年サンデーで連載され、楳図かずおは連載終了後の1975年に第20回小学館漫画賞を受賞しています。
「ある日突然、主人公の高松翔くんたちが通う小学校が近未来にタイムスリップしてしまう」という設定をここで明かしても、未読の人たちがこれから読む楽しさは1ミリも損なわれない、「ネタバレ」なんていう言葉が吹き飛ぶくらい先の読めない展開でした。
川崎:楳図は『漂流教室』を含め長編は一度最初から最後まで小説のように言葉で書くらしく、連載しているうちに話が脇にそれていくということがないマンガ家でした。
内容としてはある種の社会実験というか、こういう極限状況に置かれたときに人々がどうなっていくのか、読者はそれを子供たちの姿を通して次から次へと見せつけられていく。
どの登場人物も、マンガ自体も最初から最後までパワー全開。吹き出しはつねに破裂型で休む暇が一瞬たりとも与えられない。それが彼らの現実だからです。ずっと全力でなければ生きられない。その子どもの「全力」や「強い気持ち」が、例えば、時空が異なるはずの高松くんと高松くんのおかあさんが交信できるというある種の「奇跡」を起こします。
「奇跡」は親子愛のようなポジティブなものもあれば、逆に子どもたちに襲いかかるネガティブなものもある。どちらも人の過剰な思いが引き起こすもの、これもまた楳図作品に通底するテーマの一つです。
「楳図は”ここぞ”という場面ほど細かいコマを積み重ねる。マンガなら一コマで表現できそうなところをあえて分けて描くことで情感を盛り上げる独自の手法を用いています」
書店ナビ:子どもたちのキャラクターが強すぎて、一人一人のことを語っていったら一日でも足りないくらいです。女子たちがすずらんを採りに行くくだりがもう涙なしでは……。
川崎:はい、でもあのエピソードは同時にすごく残酷ですよね。80年代に執筆した『神の左手悪魔の右手』という作品は視覚的な怖さに振りきった非常に残酷な作品ですが、残酷さという意味ではこの『漂流教室』も突き抜けている。子どもたちの生死に関わる描写も、今改めて見るとかなりきついですよね。とにかく次から次へと子どもが死んでいく。その中で生きていかなければならない。これは戦場を描いたマンガだと思います。
ただ、この長くて過酷な漂流の結末は「やはりこの物語はここで筆を置かなければならない」という納得の結末です。楳図が残したメッセージは当時夢中になって読んでいた少年サンデーの読者にも向けられたものなのではないかなという気がしています。
書店ナビ:少しだけ物語の導入に触れますと、小学6年生のさとるくんと違う学校に通うまりんちゃんの思い詰めた初恋が大人たちの手によって……。
こう書くとどこにでもありがちな設定に思われるかもしれませんが、東京の町工場から始まった物語はじきに地球規模に膨らんでいき、全7巻を読み終えた時は全く表現できない、胸をかきむしられるような気持ちになりました。
川崎:『漂流教室』では子どもと大人は違う存在でありながら、やがて子どもは大人になっていくという連続性が想定されていましたが、『わたしは真悟』ではその連続性は全く見られない。むしろ断絶しているという哲学が読み取れます。
そしてここでもまた、子ども時代にだけ「奇跡」が起きる。その象徴が真悟であり、二人の少年少女にとってはすでに終わってしまった愛の物語を、真悟は決して終わらせまいとする。
真悟だけが純粋に奇跡をまだ生きようとし続ける……。物語の根幹にあるのはあくまで「ラブストーリー」であり、「メロドラマ」であるということを強調しておきたいです。
それから本作を分析しようとするときに必ず出てくるのが、ナレーションへの言及です。「わたしはクマタ機械工作というところで生まれたそうです……」から始まる伝聞調のナレーション。
なぜ「~そうです」「~だったといいます」という伝聞調なのか、どの時間軸から過去を振り返っているのかは定かではありませんが、このナレーションが先ほど触れた細かいコマ割りの効果と相まって作品全体にノスタルジックな切なさを醸し出しています。
「楳図はナレーションや解説調のせりふを多用する”言葉の人”でもありました。『私は真悟』のテーマ自体も言葉が非常に重要な役割を果たしています」
書店ナビ:満足度の高い《デザート盛り合わせ》、個人的には「蝶の墓」が美しくも哀しいお話で、まるでヒッチコックの映画を見ているようでした。それにしても楳図さんは短編・中編・長編とどの長さでも傑作を残していたんですね。
川崎:どれも「怖さ」というのが基本にありますが、その上で尋常ではない発想力とストーリーテリングで本当に面白いものを描き続けたという印象です。
例えば美のためならなんでもする、というような強い思いにとらわれた人たちを過剰に描く。人間像としてはそこが一貫しています。
書店ナビ:家族ものが多数ありますが、ご本人は生涯独身でした。
川崎:経験がないことだからこそ、あれだけの世界観を描けたと言うこともできるかもしれません。もし子どもがいたら『漂流教室』は描けなかったかもしれない、とも。
無論、作品によっては「あの映画を参考にしているな」とわかるものもあり、全てが楳図オリジナルではありませんが、そうしたいろんなものや人間観察を取り入れつつ、世界と人間に対する尋常ならざる思考を深めていったのではないでしょうか。
書店ナビ:最後に改めてうかがいます。川崎先生は楳図かずおというマンガ家をどう評価されますか?
川崎:うーん、なんでしょうね。少女マンガで人気作家となり、少年サンデーといったメジャー誌に描いたのちにビッグコミックのような大人向けマンガ誌の創刊にも早くから関わっている…というように日本のマンガ史に位置付けながら楳図について考えることはもちろんできますが、ここではその視点はちょっと脇に置いて。
デビュー作を含む『森の兄弟 底のない町』完全復刻版。デビュー当時は「ウメヅカズヲ」名義だった。
川崎:今の時点で私なりの評価をするならば、現実と非現実の関係を多様な形で過剰に面白くマンガにした人だったという気がします。
思い込みや強い願いが現実になったり、何が現実で何が非現実かわからなくなったり、あるいは私たちの社会の現実をもとにしてとんでもない非現実的な世界を描いたり。
そこに子どもと大人の違いを織り交ぜながら、現実と非現実を重ねあわせつつ自由に行き来する。本当に独自のことをやり続けた人でした。
彼に影響を受けたマンガ家は数えきれないほどいますし、ホラーで言うと伊藤潤二のような後進の作家も出ていますが、『わたしは真悟』や『14歳』のような作品はおそらく今後もう誰にも描けないでしょう。唯一無二の人でした。
『洗礼』も『神の左手悪魔の右手』も『14歳』も『まことちゃん』も取り上げられず、とても悲しいのですが、今回のフルコースを入り口に皆さんにもぜひ楳図マンガの世界に浸ってほしいです。
書店ナビ:これからいろいろな形で楳図かずお評価が世に出回ると思いますが、その前に一足早く川崎先生に選んでいただいた楳図かずおフルコース、ごちそうさまでした!
北海道大学大学院文学研究院 准教授。北海道大学大学院文学研究科博士課程単位修得退学、博士(文学)。日本学術振興会特別研究員PD、北海道大学大学院文学研究科助教、日本女子大学准教授などを経て、2024年より現職。
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