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第459回 美容室 雨とランプ 大塚 卓人さん

Vol.173 美容室 雨とランプ 大塚 卓人さん

雨とランプ 大塚 卓人さん

美容師であり詩人の顔も持つ大塚さん。詩作は日常の一部となっている。

[本日のフルコース]
札幌市琴似のまちで明かりを灯す詩人美容師がささやいた
「波寄せる景色と人々の呼吸を感じる本」フルコース

[2020.1.20]

「波寄せる景色と人々の呼吸を感じる本」フルコース

書店ナビ2019年11月、札幌市西区の琴似にある美容室「ムーヴ」がリニューアルオープンしました。聞けば大塚利英オーナーの跡を継ぐ息子さんが東京から帰ってきて親子サロンになっての新スタートだとか。
新しいお店の名は「雨とランプ」。このタダモノではない言葉のセンス、しかも”中の人”である息子さんのTwitterを見ると「さまざまな本のある美容室」と書いてある!
これは行かなければ、というわけで2019年師走にフルコース取材をお願いしました。

雨とランプ外観

落ちついた雨色の外観が目印の「雨とランプ」。琴似・栄町通りと北5条・手稲通りの交差点にある。

書店ナビ “中の人”とは、大塚卓人さん。小学生の頃から物語を作るのが好きで、東京の大正大学に入学後は詩作の面白さに目覚めたと言います。そう、美容師の大塚さんは詩や短歌をつむぐ人でもあったのでした。

久石ソナ名義で発表した詩集『航海する雪』

2016年、25歳のときに久石ソナ名義で発表した詩集『航海する雪』で北海道新聞文学賞大賞を受賞。「現代の都市生活の有りようを見事に描いている」「無理なく自然体で表現し、構成のレベルも高い」と選考委員一致で受賞が決まり、同賞の最年少記録を打ち立てた。

書店ナビこの受賞のときは東京で美容師として働いてらっしゃったんですか?

大塚はい、大学3年になり、就活を始めたときにあらためて長年自分の店で働き続けてきた父の背中を思い出しまして。
「継いでほしい」と言われたことは一度もありませんでしたが、美容師は一生つきあえる仕事だと気づき、そこからは少しでも早く勉強を始めたくて大学を中退し、札幌に帰ってきて専門学校に入学しました。

資格を取ったあとは実家の店に入る前によその店を知っておいたほうがいいと思い、東京のサロンSnowdropで勉強をさせてもらいました。

雨とランプ本棚

大塚 卓人さん 横顔

クラウドファンディングで開店資金の一部を募り、リターンの中に「選書した本を店が購入する」や「あなただけの棚」を盛り込んだ。

書店ナビリニューアルオープンにあたり、本を置こうと思った理由は?

大塚自分が本好きということもありますが、事前にアンケートをとったところ、美容室に来るお客様は実は「切ってもらっている時間が苦手」「美容師とずっとおしゃべりをしたいわけでもない」という声が予想以上に多いことを知りました。
そういう方たちにお好きな本を選んでいただき、リラックスして過ごしてもらえるお店にしたくて本棚を3本置くことに決めました。

それと本好きの皆さんはご存知かもしれませんが、琴似のまちといえばかつてうちの店の向かいには「くすみ書房」さんがあったんです。小学生の頃は毎日のように通っていました。
くすみさんにとてもお世話になった恩返しの気持ちもこめて、故久住邦晴さんの娘さんであるクスミエリカさんにお話を通して「中学生はこれを読め!」からピックアップした本も置いています。

「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め!」

久住さんをモデルにしたオヤジマークで覚えている方も多い、くすみ書房の企画「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め!」は、書店関係者の協力を得ておすすめ本500冊のリストを作成。のちに北海道新聞社から出版された。

書店ナビそれは琴似の方々にもうれしい記憶の継承ですね。

さて、今回のフルコースのタイトル「波寄せる景色と人々の呼吸を感じる本」は、大塚さんが書いてくださった表現をそのまま使わせてもらっています。

大塚自分は文章から景色や匂い、時代が立ち上ってくるような本が好きで、人の生活に根づいている普遍的なものを感じさせてくれる作品を何度も読み返しています。
これから紹介する詩集や歌集の解説には、特に心惹かれた一編も書いています。

[本日のフルコース]
札幌市琴似のまちで明かりを灯す詩人美容師がささやいた
「波寄せる景色と人々の呼吸を感じる本」フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

やがて秋茄子へと到る

やがて秋茄子へと到る
堂園昌彦  港の人
1ページに1首ずつ載っている歌集。季節を巡りながら、生活や人としての在り方を見つめてゆく。

書店ナビ作者の堂園さんは1983年東京生まれ。札幌出身の詩人である文月悠光さんも在籍した早稲田短歌会出身です。

大塚同世代の文月さんとは、僕が高3のときに有島青少年文芸賞の佳作を受賞して、彼女も受賞者の列にいたことがきっかけで知り合いました。僕も早稲田短歌会に同じ時期に入会したので、堂園さんは僕にとっても先輩にあたります。

秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは 

大塚すごく静かな一首ですよね。「光」の中に生と死が存在する不思議と同時に、秋茄子と自分たちの生死が交錯する…。堂園さんの歌には季節の言葉がすごく自然に配置されていて、そのときの空気や温度が読んだ瞬間に伝わってきます。

堂園さんの第一歌集であるこの本が出ていることは知っていましたが、初版本のみ本文が活版印刷の限定版で、2200円という価格が当時学生だった自分にはどうしても手が伸びませんでした。
でも買うなら絶対初版本がいい!と長年探し続けていたら、先日市内の「がたんごとん」さんでサイン本を見つけて迷わず買いました。

やがて秋茄子へと到る サイン本

やがて秋茄子へと到る 紙面

「一ページ一首のレイアウトが本当に美しくて、長年待ったかいがありました」

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった
燃え殻  新潮社
90年代後半が舞台の作品。当時の匂いが漂ってくるような空気感の中、忘れられない恋に感情が揺れる。

書店ナビTwitterで人気の「燃え殻」さん。本作で小説デビュー。43歳の男性がかつての元カノに「友達申請」を送ったところから物語が始まります。

大塚Twitterをフォローしていたので本書が発売になるのを知って、すぐに買いました。
物語の舞台になった90年代後半当時、僕はまだ小学生だったので主人公たちと同じノスタルジーにひたることはできませんが、これがもし自分の世代だったら、と自分の記憶に置き換えた瞬間に胸がとても切なくなる。
もしかするとそれが、この本が「エモい」と評価されている理由かもしれません。

宇多田ヒカルとか話に出てくる曲をiTuneで聞きながら読むと、すごくハマります。あ、でも女性受けはしない本かもしれません(笑)。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

グッドモーニング

グッドモーニング
最果タヒ  思潮社
言葉が作り出す世界を垣間見れば、そこで生きる人々の痛いほど切ない感情が襲い掛かる。

書店ナビ著者は1986年生まれ。京都大学に在学中の2008年、本書で中原中也賞を受賞。第二集の『空が分裂する』は萩尾望都や古屋兎丸、山本直樹らが参加したイラスト詩集になるなど、いま注目の現代詩人の一人です。
大塚さんが抜粋したお気に入りの一編はこちらです。

わたしは
傘でしたが

あめふり、始まった瞬間に窓から捨てられてしまいました。そこが部屋であるから、かれらはかわらない日々を過ごしている。傘がないからえいえんに迎えはない。

タイトル「死なない」より

大塚大学生になってすぐに読んで衝撃を受けました。改行の仕方とか人間ではない「傘」が主人公だとか、使っている言葉の全てが十代だった自分に響いて、詩だから伝えられる感情があるということを知りました。
僕に詩の自由さ、面白さを教えてくれた詩集です。

本を読む大塚 卓人さん

詩人の名義は自分が書いた登場人物の名字と「下の名前をつけるとしたら?」と母親に聞いた回答を足して「久石ソナ」にした。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

砂丘律

砂丘律
千種創一  青磁社
砂漠の地の景色と東京の地の景色が広がる。ふっとした瞬間、その二つの景色に流れる風が頬をやさしく、時には厳しく通り過ぎてゆく。

書店ナビ千種創一(ちぐさ・そういち)さんは1988年生まれ。2009年に東京外国語大学出身の歌人、三井修の授業「短歌創作論」の受講生らと「外大短歌会」を創立し、2013年には短歌同人誌「中東短歌」を創刊。
今は砂漠の都市ヨルダンに在住されているそうですね。

大塚僕より3つ年上の千種さん。砂漠の都市と大都会の東京、この対照的な2つのまちを行き交う視点は、まさに彼にしか描けない世界だと思います。

イヤホンをちぎるように外す、朝焼ける庁舎の屋根の旗をみあげて

大塚「イヤホン」という現代的かつ”自分の世界に閉じこもる”ものを「外」したあとの現実の描写がすごい。「旗」から内戦のイメージが広がりますし、「朝焼け」が描くシルエットが目に見えるよう。

僕も札幌と東京の2都市を行き来した経験から、雪ひとつとっても東京で感じた記憶の中の雪と、札幌で現実に感じる雪の違いを肌感覚で実感することができました。
2つの都市から見えるものを書いていくという姿勢が、千種さんと重なっている気がして、これからも作品を追いかけたい先輩の一人です。

砂丘律サイン本

2019年6月、東京の鉱物Barで一緒に飲んだときにサインをもらう。鉱物Barという場所がなんとも詩人らしい。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

プールの底に眠る

プールの底に眠る
白河三兎  講談社
「眠れない夜にイルカになる」主人公は高校生のときに、自殺をしようとしていた少女「セミ」に出会う。過去の過ちを悔いる気持ちに切なさと儚さが漂う。

書店ナビ:22009年に本作でメフィスト賞を受賞し作家デビューした白河三兎(しらかわ・みと)さん。「鬼才」とも言われ、予想がつかない展開に熱烈なファンがついています。
5冊中唯一、推理小説要素が入ったフィクションですね。

大塚タイトル買いでした。世界観が独得で、はじめの数ページを読んだだけですぐに引き込まれて、主人公が「セミ」と出会った7日間の回想を自分も駆け足でたどっていきました。
主人公とセミがLINEでもポケベルでもなく駅の掲示板で待ち合わせをする場面は思わず心がくすぐられました。
他にも白河さんの本を読みましたがデビュー作の本書以降、文章がどんどん凝り始めていく。エンタメ作品としても存分に楽しめると思います。

ごちそうさまトーク 美容室が苦手な人、本や音楽好きが集まる場に

書店ナビ現在も詩作は続けていらっしゃるんですか?

大塚ある気持ちや経験をきっかけに書きたくなる、という習慣はすでに自分の生活の一部になっています。
仕事でも当分は東京と札幌を行き来することになるので、自分の日常の景色を大切にしながら書き続けていきたいです。
北海道の美容師としても、よりこの店を居心地のいい空間にしたい。美容室や美容師が苦手な方、本や音楽が好きな方々にも楽しみに来てもらえる場所にしていきたいです。

店内に葉ある画家のMaika Kobayashiさんによる壁画

ぬくもりを感じる店名「雨とランプ」は美しいアムステルダムの夜をイメージして命名した。店内には画家のMaika Kobayashiさんによる壁画を設置。制作の模様をTwitterで配信した。

書店ナビ久住さんがいらっしゃたら、きっと喜んで応援してくれたと思います。琴似のまちに本の明かりを灯す美容室「雨とランプ」大塚さんのフルコース、ごちそうさまでした!

雨とランプ

twitter.com

大塚卓人さん

札幌市生まれの詩人美容師。札幌山の手高校出身。北海道理容美容専門学校卒業。第一詩集『航海する雪』で第50回北海道新聞文学賞大賞受賞。北海道大学短歌会創設者の一人。クラウドファンディングで開店資金を集め、2019年11月、父の利英さんが28年間経営していた美容室「ムーヴ」を美容室「雨とランプ」にリニューアルオープン。縮毛矯正や髪質改善の技術に定評がある。早稲田大学短歌会。

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