おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第546回 俊カフェ 店主 古川奈央さん

Vol.198 俊カフェ 店主 古川奈央さん

古川奈央さん

2022年5月3日で満5歳になった俊カフェの古川奈央さん。5月5日木曜15:00〜18:00は「5」にちなんだ作品しばりのオープンマイクを開催!

[本日のフルコース]
札幌の「俊カフェ」店主 古川奈央さんが勧める
「私が思う谷川俊太郎さんの《王道》の詩集」フルコース

[2022.5.2]

札幌の「俊カフェ」店主 古川奈央さんが勧める 「谷川俊太郎さんの《王道》の詩集」フルコース

書店ナビこの記事の更新日翌日の5月3日は、世界的な詩人・谷川俊太郎さん公認、札幌市中央区にあるブックカフェ「俊カフェ」のオープン日。
「俊太郎さんの一ファン」である古川奈央さんが意を決して、2017年にお店を開けた記念日です。

第330回 俊カフェ - 5冊で「いただきます!」

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書店ナビそこで今回の北海道書店ナビは古川さんに「本のフルコース」づくりをお願いしました!もちろん選書テーマは、谷川俊太郎さんの作品で。
いつもはカフェにいらしたお客様のリクエストに応じて、店の蔵書からおすすめ本をピックアップする古川さん。今回のように「自分の好きに5冊だけ選んでいい」と言われると、相当悩まれたのではないでしょうか。

古川はい、フルコースのお話をいただいた瞬間から悩み始めまして(笑)。というのも、俊太郎さんは1952年、21歳のときに初めての詩集『二十億光年の孤独』を出されて、90歳の今も新作を発表していらっしゃるので、作品の数が膨大なんですね。

詩の他に絵本や童話、エッセイ、翻訳、脚本、作詞と創作の幅も広くて、私が卒業した札幌開成高校(現・市立札幌開成中等教育学校)の校歌も、俊太郎さんの作詞です。
なので今回は思いきって詩集に絞りこんで、今の私が俊カフェに来てくださったお客様におすすめしたいと思う“王道”の詩を選ばせてもらいました。

[本日のフルコース]
札幌の「俊カフェ」店主 古川奈央さんが勧める
「私が思う谷川俊太郎さんの《王道》の詩集」フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

詩の本

詩の本
谷川俊太郎  集英社(2009年)
冒頭に「新しい詩」という一篇が載っています。俊太郎さんはよく「詩情(ポエジー)」を言葉にするのが詩人の仕事、とおっしゃっています。そのことを的確に表現した詩です。日々の中に感じる「ポエジー」を大事にしたい、と思わせてくれます。

古川俊太郎さんはいつも言葉を疑っている方で、私たちが日頃突き動かされる感情、“悲しい”とか“美しい”とか“素晴らしい”とか、そうした感情の大元である「ポエジー」はどんなに言葉を尽くしても完全に表現することはできないのではないだろうか、という疑念を抱きながら言葉にとことん向き合っておられます。そんな俊太郎さんの言う「ポエジー」が何なのかを「新しい詩」に感じます。

書店ナビ詩の中に出てくる「きみは言葉を探しすぎてる」や「きみは毎朝毎晩死んでいいんだ/新しい詩をみつけるために」といったフレーズにドキリとします。

古川一晩眠ることでまた翌日、心の琴線にふれる「ポエジー」と出会う喜びや、何もかもすぐに言葉にするのではなく心静かに感じることの大切さを教えてくれているようですよね。
「今は言葉が氾濫しすぎている」とおっしゃる俊太郎さんは、その氾濫に抗っている。それを表現した詩が、詩集の最初に載っているというのもすごいことだと思います。

書店ナビ同じ詩人である茨木のり子さんや中島みゆきさん、河合隼雄さん、林光さんら、著名な友人たちに捧げた詩も収録されていますね。

古川北海道出身の中島みゆきさんは谷川俊太郎さんが好きすぎて、卒業論文に谷川俊太郎論を提出したというエピソードがあるほど。デビュー前の音楽祭の全国大会で渡された、俊太郎さんの詩「私が歌う理由」を読んで、“自分はなぜ歌うのか”を根源的に問い直すきっかけとなり、デビューを一年遅らせたという逸話もあるそうです。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

はだか

はだか
詩・谷川俊太郎 絵・佐野洋子  筑摩書房(1988年)
子どもの言葉で、全篇ひらがなで書かれた詩集。大人の頭で考える“子どもらしさ”とは異なる、「自分も子どもの頃はこう思っていた」と感じる作品が並びます。この中から同名タイトルの絵本『うそ』が生まれ、息子の賢作さんが作曲した「さようなら」はDiVaや矢野顕子さんが歌っています。

古川あるとき、俊カフェにいらしたお客様から「心を閉ざしている子どもに届きそうな詩集はありますか?」と聞かれて、『はだか』をご紹介したことがあります。

はだか目次

目次を見ているだけでも読みたくなる作品が多い『はだか』。「好きな男の子のことを書いた「きみ」とか学校嫌いの俊太郎さんの気持ちがよくわかる「がっこう」もおすすめです」

書店ナビ たとえば「うそ」の一説、「いっていることはうそでも/うそをつくきもちはほんとうなんだ」といった偽らざる子どもの本音は、大人になった今読んでも「わかる〜」と言いたくなりますね。

古川「おじいちゃんはとてもゆっくりうごく」(「おじいちゃん」)とか「ほっといてほしいのおねがいだから」(「ひとり」)とかも、すごくいいですよね。大人が押しつける偶像ではなくて、本当の子どもの豊かな気持ちが言葉になってる。何かと我慢することが多い私たち大人の心にも響きます。
先ほどお客様が気にかけていたお子さんには後日『はだか』を読んでもらえたようで、響いたようだと聞いてほっとしました。

「ぼくもういかなきゃなんない」で始まる「さようなら」は、子どもの巣立ちをうたった内容にも思えますが、俊太郎さんの作品を中心に現代詩を歌うグループDivaがライブで「さようなら」を歌ったとき、少し前にお子さんを亡くしたお母様が涙ながらにご自分の体験を俊太郎さんに明かしたというお話を聞いたことがあります。
俊太郎さんがいつもおっしゃっているように詩は活字になったら読者のもの。受け止め方はその方の自由、ということを伝えてくれるエピソードです。

作曲家の武満徹さんは『はだか』の中から六篇を選び、オーケストラの演奏と少女の朗読で構成される作品『系図〜若い人たちのための音楽詩』を作りました。こんなふうに一冊の詩集から広がって届いていく感じも好きです。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

世間知ラズ

世間知ラズ
谷川俊太郎  思潮社(1993年)
「父の死」から始まり、詩人であることを自問自答する表題作や「理想的な詩の初歩的な説明」のように詩人然としていない、言葉を疑いながら詩を書き続けてきた俊太郎さんだからこその作品など、「詩人・谷川俊太郎」を感じられる詩集です。

書店ナビ一般に詩人というと自分の気持ちや主張を言葉にのせる人、という印象がありますが、谷川さんはそうではない?

古川むしろ極力、我を出さずに企画の意図や届けたい読者のことを考えて言葉を選ぶ客観的な詩が多いと感じます。それでも俊太郎さんらしさはにじみ出ますが。でも、この『世間知ラズ』という一冊はちょっと別もの。
俊太郎さんのお父様は哲学者の谷川徹三さんですが、「父の死」にはお父様がお亡くなりになったときの描写や本人のよるべなさがとてもリアルに描かれていて、胸がしめつけられます。

俊太郎さんは早くから文壇の注目を集め、つまずくことなく順調に大成した詩人だと思われていますし、実際にそれは才能と努力があればこその道程ですが、肝心のご本人は苦労せずにデビューしたことにコンプレックスがあると何かで話してました。
むしろ自分は「世間知ラズ」というコンプレックスを抱えていて、人とベタベタと関わることも好きじゃない。「アタッチメントとデタッチメント」なら、自分は人と距離を置きたがる「デタッチメント」だとも打ち明けています。

私がこの詩集を《魚料理》に持ってきた一番の理由は、これほど多くの、しかもいろんな人の心に届く詩を書いている“国民的な詩人”ですが、こんなにも人間臭い詩もあることを皆さんに知ってほしかったから。
私自身、「俊カフェ」が6年目を迎える今も俊太郎さんのことを雲の上の存在のように感じていますが、読者を飽きさせないためにつねに新しい詩のあり方を模索しているところや、「デタッチメント」と言いながらつい人の面倒を見てくださる優しさ、そんな折々で触れる俊太郎さんの人間らしさを垣間見て、親しみを感じています。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

うつむく青年

うつむく青年
谷川俊太郎  サンリオ(1989年)
初めて俊太郎さんの朗読を間近に聴いたのが、この詩集の表題作でした。日々のほほんと幸せに生きている私にとって、見えないもの、気づかないことに光を当てて気づかせてくれる大事な詩集です。今の時代だからこそ読んでいただきたい「平和」や、折に触れ読まれる「生きる」も所収。

書店ナビご用意いただいた『うつむく青年』は3冊ありますね!それぞれ出版社が異なり、装丁も違います。札幌の響文社さんからもCD付きのものが出ているとは知りませんでした。

うつむく青年 3種類

左端が1971年に山梨シルクセンター出版部から出されたもの。同社が後にサンリオになり、中央が現在も発売しているサンリオ版。右端は札幌の響文社版。

古川俊太郎さんとDiVaのコンサートを札幌の北星学園大学のチャペルでやったことがあって、そのときに俊太郎さんご本人が「うつむく青年」を朗読されたのを聞きました。
何も恐れず、何にもおもねることなく、自分の足でそこに立っているうつむく青年。「なんてすごい詩なんだ!」と衝撃を受けました。

この詩集の冒頭に掲載されている「聞こえるか」も、同じくらい衝撃を受けた作品です。
「黙ってみないか/ちょっとでいいから/黙ってみないか/新聞もラジオも君も/(そして詩人も)/君にはしじまが聞こえるか/(後略)」…ちょうどこれを読んだ頃、テレビをつけるとどのテレビ番組も喋りすぎだなあと感じていて、この詩を読んで「ああ、私はすごく静けさを求めていたんだ」と腑に落ちたことを覚えています。すごいですよね、「しじまが聞こえるか」って。

書店ナビ:「悲しいことに「平和」という詩も、今読むと胸に突き刺さります。

古川本当に…。俊太郎さんが平和を「空気のようにあたりまえなものだ」と書かれた言葉が深く響きます。また「おべんとうの歌」や「大きなクリスマスツリーが立った」という詩にも、自分が幸せだからそれでよし、とするのではなく、自分たちの見えないところで誰かが苦しい時間を過ごしている。それが表裏一体であることに気づかされます。
詩集『うつむく青年』は、俊太郎さんの世の中を見つめるまなざしが凝縮されていて、静かだけれどもグイグイと迫ってくる詩が多い。真髄、のような一冊だと感じています。

いい感じ

現在、古川さんはとても個人的な谷川俊太郎詩のリストを制作中。詩のタイトルと書き出し、どの本に収録されているかをExcelにまとめている。「あと10年くらいかかるかも(笑)」

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

虚空へ

虚空へ
谷川俊太郎  新潮社(2021年)
最新のオリジナル詩集です。できるだけ少ない言葉で、ソネット形式で書かれた作品が並びます。目をつむって、誰かに静かに読んでほしいと思える、とても静かな詩集です。少ない言葉で綴られた『minimal』という詩集もあります。そちらも好き。

古川今年の1月、東京に行ってDiVaのボーカルである高瀬“makoring”麻里子さんこと“まこりん”たちと一緒に俊太郎さんのお宅にうかがったんですね。そのとき、大分早く最寄り駅に着いてしまって、駅のホームでこの『虚空へ』を開きました。
30分くらい、いたでしょうか。たくさんの人が電車を乗り降りするかたわらでは、ホームの椅子を何度も消毒する係の人がいて…そうした光景を見るともなしに見ながら、私が俊カフェをしていることを誰も知らない場所でこの詩集を読んでいると、頭の中の風通しがすごく良くなっていく感じがしたんです。

これは俊太郎さんの影響を多分に受けているから、という自覚もあるんですが、私の中にはつねに「何かを、誰かに伝えたいけれど、それがうまく伝えられない」もどかしさがあって、いつも頭の中が言葉で忙しい。そのせわしなさが『虚空へ』を読んでいるとスーッとおさまって、ものすごく静かになっていった。

実を言うと、俊太郎さんに会いに行く前は「お元気な様子を動画で撮って俊カフェのお客さまたちにもシェアできたら」という思いもあって、小さな撮影機器を持って行ったんですが、なんだかもう、そんなことはどうでもよくなって。
シンプルに「やっと俊太郎さんに会える」ことを楽しめばいいんだと思って、そのあと撮影のことは一切言い出さずに、ただただ、みんなで1時間半の雑談を楽しみました。
それが私にとってすごくいい時間になったのは、ひとえに『虚空へ』を読んでいたから。『虚空へ』は俊カフェのお客様にもとても人気で、きっと30冊近くは販売していると思います。

ごちそうさまトーク 詩人の覚和歌子さんも「ここは絶対なくしちゃいけない場所」

書店ナビ2020年から始まったコロナ禍では、飲食店は相当我慢を強いられ、俊カフェさんも頑張って店の継続に努めてこられました。

古川すごく悩んだんですが、もう格好をつけているような状況でもなくて、店の応援資金とさせていただく「俊カフェ サポーターズ」を募ったところ、たくさんの方にご支援いただいて本当にありがたかったです。
お客様からも「苦しかったら“助けて”って言ってね、言ってもらわないとわからないから」と励ましていただいたり、俊太郎さんと親交が深い詩人の覚和歌子さんにも「ここは絶対なくしちゃいけない場所」と言われて、勇気が出ました。

第515回 詩人・覚和歌子さんトークイベントレポート 

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毎年増え続ける「俊カフェ」蔵書。「うちよりもここに置いてあったほうがいいから」と希少本を寄贈してくれるお客様も少なくない。

古川そうした皆さんのおかげで「俊カフェ」は2022年5月から6年目に入ります。俊太郎さんに「公認」していただいていますので、それなりのものは背負っているつもりですし、それを知って来店されるお客様の期待にはできるだけ応えたいと思っています。
「もう一度読みたい詩があるのだけれど、どの詩集に収録されていたか思い出せない」と言われる詩を必死に探して、それがわかったら一緒に喜んだり、ね。
ときには「私はこの詩を読んでこう感じました」とお伝えすることもありますが、あくまでもそれは私の感想で“正解”でも何でもないんです。自由ですから、詩は。

それに俊カフェは俊太郎さんのことを知らない方でも、詩を読んだことがない方でも大歓迎。ここに来たから本を読まなきゃとか、私に何か感想を言わなきゃ!なんていうこともありません。来てくださることに何の理由もなくていい。これからも、どうぞ気軽にいらしてくださいね!

書店ナビ俊カフェさんではいろいろなミニイベントも開催中。最新情報はFaceBookでチェックしてほしいですね。谷川俊太郎さんの詩に触れる入門にして王道のフルコース、ごちそうさまでした!

古川奈央(ふるかわ・なお)さん

札幌出身。2017年5月3日に「俊カフェ」をオープン。著書『手記 札幌に俊カフェができました』(ポエムピース)でその道のりを綴っている。カフェ経営のかたわら編集ライター業で主に自費出版をサポート。コロナ禍に20人近くの言葉の創作をまとめた『ツヅル』を出版。現在5号が好評発売中。

俊カフェFaceBook https://www.facebook.com/shun.T.cafe

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俊カフェ ONLINE SHOP

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書店ナビも何度も取材場所として お世話になっている俊カフェさん、 これからも通い続けます!

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