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第485回 NPO法人ワインクラスター北海道 代表理事 阿部 眞久さん

Vol.178 NPO法人ワインクラスター北海道 代表理事 阿部 眞久さん

 阿部 眞久さん

小樽の北海道・ワインセンターでお話をうかがった。2020年5月に刊行された阿部さおりさんとの共著『北海道のワイナリー』(北海道新聞社)を持って。

[本日のフルコース]
北海道のワイナリーを愛するシニアソムリエが何度も咀嚼する
「地方の食文化を大切にしたくなる本」フルコース

[2020.8.24]

「地方の食文化を大切にしたくなる本」フルコース

書店ナビ北海道のワインの魅力を広める伝道者のおひとり、NPO法人ワインクラスター北海道の代表理事であり、日本ソムリエ協会認定のシニアソムリエである阿部眞久さんは、宮城県仙台市のご出身です。
地元のホテル勤務時代に道産白ワインの美味しさに目覚め、その販売元である北海道ワイン株式会社の創業者、故・嶌村彰禧名誉会長(当時社長)に「北海道を新天地にしたい!」という手紙を送り、その熱意が認められて同社に転職を果たしました。
当時26歳だった阿部さんの採用は2000年当時、道内のワイナリーがソムリエを雇用する初の事例となりました。

阿部2019年にお亡くなりになった嶌村会長は、私にとって人生の師のような存在です。
ワイン産地・北海道”全体の価値と知名度を高める必要性を感じ、NPO法人の立ち上げを決意したときも嶌村会長に口頭でご報告し、あわせてお手紙を書きました。入社させていただいたときも嶌村会長へのお手紙で始まりましたし、退社させていただくときももう一度、お手紙で終わりたかった。自分のなかでは、この2通がセットになっている感覚です。
 
会長のご子息である嶌村公宏社長も、同業者や行政関係者で構成される「道産ワイン懇談会」でわざわざ、私の独立を皆さんに報告するだけでなく同会のPR部門の任に推挙してくださいました。親子でお世話になっている恩人です。
 
北海道のワイン産業発展のために嶌村会長に恥ずかしくない仕事をする――。代表を務めるNPO法人ワインクラスター北海道が8年目を迎えたいまも、かたく胸に刻んでいます。

書店ナビ新型コロナの影響で小樽市をはじめ北海道の観光地は大変な事態に陥りました。道内ワイナリーも苦戦を強いられています。

阿部こういうときこそ自分たちにできることはないかと考え、私どもが持っている酒類通信販売免許を活用してオンラインショップを開きました。5つのワイナリーから選りすぐりの1本を集めた北海道「スペシャル5」セレクトワインセットを販売しています。
各ワイナリーの垣根を越えた活動ができるのも、私どもの強みだと感じています。道内ワイン業界のためにできることをこれからも探っていきたいです。

ワインクラスター北海道~EZO-PRIMO~

書店ナビ2020年5月にワインエキスパートの阿部さおりさんと共著で出された新刊『北海道のワイナリー』については、フルコースのあとの「ごちそうさまトーク」で詳しくうかがってまいります。
宮城県から北海道に移住したからこそ「その土地らしさを考えるようになった」という阿部さんの「地方の食文化を大切にしたくなる本」フルコース、早速見てまいりましょう!

[本日のフルコース]
北海道のワイナリーを愛するシニアソムリエが何度も咀嚼する
「地方の食文化を大切にしたくなる本」フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

ヨーロッパワイン美食道中

ヨーロッパワイン美食道中
藤原正雄・渡辺正澄  講談社
日本にワインと料理のペアリングを定着させた功労者コンビによる普及の名著。謳い文句に「料理とワインのピタピタゼミナール」とあるところが1994年発刊の時代を感じさせるヨーロッパ美食道中記。

阿部最初の1冊は、私のソムリエ人生に多大な影響を与えたこの本からご紹介します。この本を読んで、ヨーロッパ各地で地元の人たちがどんな料理とワインのペアリングを楽しんでいるかを知ったとき、「ワインは決して特別なときに飲むものじゃない。日常の食事とともに楽しむものなんだ」ということがよくわかりました。

お二人の深いうんちくやユーモアあふれる文章もおもしろいですが、なによりすごいのがこのページ、「ワインと料理の相性表」です!
この相性表を知る以前は、「肉には赤、魚には白」とわかってはいてもどこかで自信が持てない自分がいましたが、これを読んでからは、魚にロゼをあわせたいときも調味料で調整すれば、おいしくいただけるペアリングをおすすめできるようになりました。
ポイントは、この本に書かれている科学的な視点に基づいた理論を理解してから実践すること。理論と実践の両方が備わっていることが大切です。

ワインの主要有機酸や温度、成分と各食材との相性を広くカバーした独自の表。

ワインの主要有機酸や温度、成分と各食材との相性を広くカバーした独自の表。「もう何回コピーして参考にさせてもらったかわからないくらい」阿部さんの血肉になっている。

主要有機酸やタンニンなど各成分の温度差による違いもわかりやすく表記

ほかにも主要有機酸やタンニンなど各成分の温度差による違いもわかりやすく表記されている。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

塩釜すし哲物語

塩釜すし哲物語
上野敏彦   筑摩書房
阿部さんの私物は「すし哲」本店で2000年に購入したハードカバー版。現在は2011年の東日本大震災後に追加取材をしたちくま文庫の新編版がおすすめ。震災の大打撃から復興へ向かう塩釜の人々が力強く描かれている。

書店ナビ宮城県塩釜市にある「すし哲」は、白幡哲郎さんが昭和32(1957)年に開業。本書の主人公である泰三さんが父の哲郎さんから受け継いだのち、塩釜きっての人気店に成長し、文庫本によると現在は泰三さんの息子さんたちも寿司を握っているそうです。
「口の中でシャリがはじけ、塩釜桜が花開くようだ」と絶賛される泰三さんの寿司を目当てに、遠方からも足しげくお客様が通ってくる。そこに阿部さんもいらしたことがあるんですね。

阿部はい、仙台を離れていよいよ北海道に移住すると決まったときに、”最後の晩餐”気分で家族と食べに行きました。帰りがけに店で販売していたこの本を買ったら白幡さんが奥から出ていらして、これから小樽で暮らすことを伝えると「頑張って」と励ましていただきました。

この本は白幡家のファミリーヒストリーをたどると同時に、塩釜自慢のマグロをはじめとする魚の知識や塩釜の歴史・文化、季節の景観についても書かれた郷土史のようなもの。
仙台を離れてからこの本を毎日のように読んでいた私に、自分の住んでいる土地を知ることの大切さを教えてくれました。

それにこの本を読んでいると、とにかく寿司が食べたくなる! 休日になると、ウイングベイ小樽の回転寿司店「魚一心」でマグロ4貫を買って帰り、食べながらこの本を読んだものでした。

かわいらしいフセン

何度も読み返したというハードカバー版にかわいらしいフセンを発見。

書店ナビその後、すし哲さんには行かれたんですか?

阿部実家に帰ったときに連れて行ってもらったこともありましたが、独立してからは自分の財布で食べたくて、一、二度行きました。ワインクラスター北海道の沼田枝己副代表と行ったときは、白幡さんのほうから「小樽はどうですか?」と声をかけられ、私どものパンフレットをお渡ししたらその場でじっくりと読んでくださって感激しました。

私にとってすし哲さんに行くことがモチベーションになっているように、食には地域に人を呼び込む力があると確信させてくれるお店です。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

美味礼讃

美味礼讃
海老沢泰久  文藝春秋
日本に本物のフランス料理を伝え、大坂・阿倍野に辻調理師専門学校を開校した辻静雄の半生を描いた伝記小説。辻氏はフランス料理研究書を多数執筆。フランス人以外で初めての「フランス国家最優秀職人章」を授与された。

阿部北海道ワイン時代に会社の本棚で見つけて、手に取りました。それまでのフランス料理のイメージは”世界中の高級食材を使う、とっておきの料理”でしたが、辻さんが日本に持ちかえった本物のフランス料理とは地域の食材を楽しむものであり、それと一緒にいただくワインはその土地のものを飲むのが一番おいしいという普遍の真理です。

書店ナビ《前菜》本にも通じるお話ですね。

阿部ええ、それともうひとつ、この本から学んだことは基礎の大切さです。辻さんが若い職人にフォン・ド・ヴォーの作り方を教えるくだりで、牛スネ肉を12kg、仔牛の骨を5kg使って煮込む本場の方法と同時に、手抜きをしてもっと安く提供できる工夫も一緒に伝授するんです。
 
辻さんは”こうあらねばならない”という到達点を知っているからこそ、簡略化することができる。いきなり手を抜く簡略法しか知らないのとは、大きく異なります。料理人が原価計算をしながら自分の店を経営するうえでも、とても重要なことだと思います。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

バスク料理大全

バスク料理大全
作元慎哉・和田直己  誠文堂新光社
スペインやバスク地方のミシュラン1つ星店・3つ星店で修業し、現在は都内で自分の店を持つ料理人2人によるバスク料理解説の決定版。素材、レシピ、盛りつけ、調理器具……バスク料理の全てがここに。

書店ナビ阿部さんの《肉料理》本がワイン本ではなく料理本とは意外でした。バスク地方はフランスとスペインの両側にまたがり、美食のまちとしても知られています。

阿部実はいま、自分が強烈に惹かれているのがバスク料理なんです。コロナショックがなければ今年の5月に現地に行く予定でしたので、ますます思いが募っています。
バスクにはスペインのバル文化があり、店によってそこでしか食べられないひと皿、スペシャリテを出しています。客もそれを目当てにいろんなバルをはしごをする。すごく楽しそうですよね。

このバスク料理の世界が指し示しているのは、これまでの日本人が考えてきた西洋料理の王道、クラシカルなフルコースを有名ホテルのレストラン、グランメゾンで食べるのとは真逆のスタイル。
庶民的な小さな店で、特別な一皿を小皿(ポーション)でいただく。しかも料理人も若く、最新のハイテク技術を使って実験的な料理に挑む、という非常に現代的な食のあり方だと思います。

バカラオのピルピルソース

阿部さんの大好物のタラを使った「バカラオのピルピルソース」。「オリーブオイルだけでゆっくり煮るとタラの旨味が溶け出して、こんな黄色いソースになるんです。自分でも作ってみてビックリしました」

阿部いま小樽にも、ル・キャトリエムをはじめ魅力的な個人店が増えてきましたし、バスク地方の微発泡ワイン、チャコリと道産の白ワインはどちらもフレッシュな香りとさわやかな酸味という共通点があります。
いつかこのバスク料理の世界観を、小樽の料理人たちが出すスペシャリテと道産白ワインのペアリングで実現したい。今後の大きな目標です。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

料理人にできること 

料理人にできること
深谷宏治  柴田書店
1985年に函館で「レストランバスク」を開業した著者は、現在も続く「函館西部地区バル街」を定着させた立役者(今年は中止)。2009年からは「世界料理学会 in HAKODATE」を開催。世界各国のトップシェフが集い、熱い料理談義が交わされる。

阿部バル文化でまちおこしに成功しているお手本が函館であり、その土台を作ったのが皆さんもご存知だと思いますが、日本のバスク料理の第一人者である深谷さんです。
初めてお会いしたとき、そのエネルギッシュなオーラに圧倒されました。料理人の力でまちをつくるという発想にも驚かされましたし、その思いを形にしていくパワーにも脱帽です。

この本を読むと、深谷さんがスペインのなかでも美食の聖地として名高いサンセバスチャンでどんな修業時代を送ったのかが詳しく書かれていておもしろいですし、料理をつくる人たちも豊かに食を楽しむという文化に、私もとても惹かれます。
バスク、いいですよね。小樽の食の未来を考えるヒントが、バスク料理のなかに詰まっているんじゃないかなあ。

サイン本

阿部さんが持っているのはサイン本。説得力のある一言とともに。

ごちそうさまトーク ワインと食で描くNEW北海道

書店ナビ2020年5月に阿部さおりさんと共著で出版した新刊『北海道のワイナリー』が好評です。

阿部登場する40カ所のワイナリーを取材してまわるのは阿部さおりさんにお任せしましたが、私は主に「北海道ワインまめ知識」のほうを担当。品種やトレンドの解説や、2018年に北海道が指定された地理的表示(GI)の詳しい説明など資料面でお手伝いさせていただきました。

発刊後は6月下旬から3週間かけて40カ所のワイナリーをすべてまわってご挨拶してきました。JRやレンタカーを乗り継いで北海道の東西南北を行ったり来たり。さすがにちょっと疲れましたが、とても有意義なひとときでした。

北海道のワイナリー

北海道のワイナリー
阿部さおり・阿部眞久  北海道新聞社
年々評価をあげている北海道のワイナリーは2020年4月時点で40カ所!全ワイナリーの生産者の顔が見える紹介とワインにまつわる知識をこの1冊で完全網羅。2人の阿部さんが太鼓判を押す北海道産ワインの実力がよくわかる。


阿部生産者さんたちと直接お話しして感じたことは、コロナ以降、皆さんが自分のところだけを心配するのではなく、”ワイン産地・北海道”としての意識を高くお持ちだということ。大変なご苦労がおありだと思いますが、その前向きさに私のほうが元気をいただきました。
観光大国・北海道も今後は新たなフェーズを迎えます。ワインと食の力で新しい北海道像が描いていけるよう、私も微力ながらせいいっぱい努めていきたいです。

書店ナビ阿部さんのお話をうかがっていると、猛烈に道産白ワインとお寿司をいただきたくなりました。ワイン産地・北海道の新たな夢が膨らむ「地方の食文化」本フルコース、ごちそうさまでした!

winecluster.org

NPO法人ワインクラスター北海道

阿部眞久(あべ・まさひさ)さん 

1974年宮城県仙台市生まれ。受験当時の最年少年齢23歳でソムリエ資格試験に合格。32歳でシニアソムリエ資格取得という最速の経歴を持つ。26歳で北海道ワイン株式会社に入社。13年間の勤務ののち、NPO法人ワインクラスター北海道を独立起業。小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻修了。MBA(Master of Business Administration /経営管理修士)取得。北海道らしい食づくり名人。北海道観光アクティビスト。

バスク地方には各地に会員制の 「美食倶楽部」があるんです。 小樽にもつくりたいなあ。

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