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第426回 画家 イマイカツミさん

Vol.155 画家 イマイカツミさん

画家 イマイカツミさん

2019年5月17日から札幌市中央区にある箒のアトリエとお店「がたんごとん」でスケッチ展が始まったイマイさん。詳細は最後の「ごちそうさまトーク」でご紹介します。
取材協力:寿郎社

[本日のフルコース]
富良野在住の画家イマイカツミさんが語る
「若かりし僕に絵描きになる情熱を与えてくれた本」フルコース

[2019.5.20]

イマイカツミさんフルコース本

書店ナビ今回のフルコース選者は、富良野市在住の画家イマイカツミさん。東京の出版社に勤めていた24歳のときに「おれは絵描きになる!」宣言をして職場を辞めたものの、自分の才能に対する不安や先の見えない毎日に疲れを覚え、コンビニで立ち読みした求人誌で農業ヘルパーの広告を見て、北海道富良野市にやってきた、という経歴がなかなか豪快です。
絵を描くのは小さい頃からお好きだったんですか?

イマイ中高生時代はサッカーやラグビーに夢中だったんですが、長時間激しい運動が続けられない症状が出まして。一度スポーツから離れて芸術のほうに関心を持ち始めたのは、大学生になってからです。
就職したときも絵は描き続けるつもりだったんですが、TV誌の担当になったりすると忙しすぎて絵を描く時間なんてとてもとれない。それでとうとう「辞めます!」と。

今振り返ると、チームメイトと同じように走れない自分はどうしたらいいのか、自分は絵を通して何をなすべきなのか、人生で迷ったときの話し相手はいつも本でした。
なのでフルコースのテーマもストレートに、自分の絵描き人生を導いてくれた5冊です。

書店ナビしかも通常は《前菜》《スープ》《魚料理》《肉料理》《デザート》からなるコース構成を、今回は《食前酒のアペリティフ》と「ひたすら満腹を目指す」《メイン3品》に、最後の《デザート》というイマイカツミ風スペシャルバージョンにしてくれました! 食べごたえがありそうで楽しみです!

[本日のフルコース]
富良野在住の画家イマイカツミさんが語る
「若かりし僕に絵描きになる情熱を与えてくれた本」フルコース

アルコール度数高めの食前酒
人生や芸術という重いテーマも笑いを入口に!

畜犬談 太宰治  青空文庫

畜犬談
太宰治  青空文庫
太宰にハマるのは青春の一過性の病とも言われる。でも僕は今でも太宰作品の冒頭の一文を読んだだけでも感嘆し、うっとりさせられてしまう。そこには、のたうちまわって文を紡いだ太宰の努力と天賦の才能がある。

書店ナビ「ちくけんだん」と読む本作は現在文庫に収録されておらず、読みたい方はネットの青空文庫で読むことができます。
主人公は大の犬嫌いで、犬がどんなに恐ろしい生き物かをえんえんと語っているにもかかわらず、ある日散歩の帰りについてきた小犬を飼うことになる…。

イマイ太宰自身である主人公が犬を恐れるさまがひどく滑稽なんですが、それは滑稽や自己卑下の中に涙や本音を包んで隠す、太宰一流の「照れ隠し」。彼の言う「サーヴィス精神」と、本人がよく読んでいたという落語的なエッセンスが溢れている好短編だと思います。
 
僕が『畜犬談』が収録されている全集『ザ・太宰治』(第三書館)を読んだのは、会社を辞めた1999年の”絵描き元年”。
今考えると不思議でしょうがないんですが、若かった当時は何の根拠もない自信があった。そんな時代に太宰作品を通して絵描きとしての大事な心構えを学んでいた気がします。
本作でも最後に主人公が「芸術家は、もともと弱い者の味方だったはずなんだ。(中略)弱者の友なんだ」と言うんです。
僕はこの言葉をずっと心に刻み、自分流に解釈して、美術教師をしている富良野高校の生徒たちにもいつも「芸術は弱い者の味方」だと伝えています。

畜犬談 紙面

イマイさんの私物『ザ・太宰治』の畜犬談ページ。「太宰の師・井伏鱒二らしき先生を登場させた短編『黄村先生言行録』『花吹雪』もおすすめです」

メイン1皿目 南仏プロヴァンス風魚料理
心に良質なタンパク質を取ろう!

ゴッホの生涯

ゴッホの生涯
アンリ・ぺリュショ  紀伊國屋書店
ゴッホは画家が必ず通るべき道で、僕もこの本でゴッホの洗礼を受けた。青春の血潮を芸術に捧げた画家の生涯。著者のペリュショは他にも数多くの画家の生涯を書いていて、どれも綿密な調査と深い考察で構築されている。

イマイこの本は22歳くらいだったか、八百屋でバイトしていた頃に読書家の一つ年上のバイト仲間がくれたんです。まるで啓示のような1冊でした。
ゴッホが37歳で自殺するまでの約10年間に生み出した油彩画の作品数は800枚以上。
とりわけ後半の成熟期は驚異的なペースで、弟のテオ宛ての書簡には「1日に3枚の作品を描いた」とか「1日12時間制作し、12時間眠る」といった凄まじい制作スタイルが記されています。
それを読んだときに「天才ゴッホがこうなら、自分みたいな凡才は1日も早く早く描き始めないとダメだ!」と痛切に思ったことを覚えています。
絵筆を持つ誰もが目標にせざるをえない画家、それがゴッホです。

ユースホステルのパンフレットが、しおりがわりにはさんである本

イマイさんは就職前にスケッチ旅行で渡仏。当時泊まったユースホステルのパンフレットが、しおりがわりにはさんであった。

20代のイマイさんの感動が伝わる書き込み

20代のイマイさんの感動が伝わる書き込みも発見!

書店ナビ次の《肉料理》で登場するゴーギャンと共同生活をした南仏アルルがゴッホの作品に輝きをもたらしたように、イマイさんも東京から移住した富良野の地から影響を受けましたか?

イマイええ、富良野が僕を風景画家にしてくれました。東京時代は静物画や自画像を描いていたんですが、富良野に来ると360度どこを見渡しても絵になる風景ばかり。
ところがあののどかなパッチワーク状の田園風景を作っている農家の人たちは「こんな何にもない風景のどこがいいのさ?」と不思議がる(笑)。
でもそういう彼らの農作業や日々の営みこそが富良野の風景を作っている。富良野に来るきっかけが、農作業ヘルパーの求人で本当に良かったです。

メイン2皿目 ポリネシアン肉料理
熱く湧き立つ心の血肉を作る!

ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録 ダニエル・ゲラン編・岡谷公二訳  みすず書房

ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録
ダニエル・ゲラン編・岡谷公二訳  みすず書房
ゴッホとゴーギャンは後期印象派の両巨頭。ゴッホが弟に膨大な書簡を出したことは有名だが、実はゴーギャンも相当な数の書簡を妻や友人に送っている。本書にはその書簡や随筆など彼の思想がまとめられている。

書店ナビ激情の人ゴッホと、彼より年上で冷静というか打算的な面が強いゴーギャン。アルルでの共同生活はまるで新婚生活のような甘い日々から始まりますが、のちにあの有名な「ゴッホの耳切り事件」にまで発展します。恐すぎます…。

イマイ絶対一緒に住んじゃいけない2人ですよね。でも一緒に住んだからこそゴッホの作風が変わっていったのは事実で、ゴーギャンは誰に対してもそういう”教えたがり”のところがあるんです。
一般に傲岸不遜というイメージで語られることが多いゴーギャンですが、本書で妻メットへの手紙を読むと、いつも子供のことを気にかけている家庭人の顔が見えてきます。
ゴッホのことを「不幸な男」だという彼の人生も決して順風満帆ではなく、晩年はポリネシアのタヒチ島やヒヴァ・オア島へと流転し、離れ小島でその生涯を閉じます。
 
僕は画家としての彼を尊敬すると同時に、彼のことを”男の中の男”だと思っていて、彼の残した言葉に強く学んできました。
不遇だったパリ時代に書いた「私は極度の貧苦、つまり飢え、寒さその他もろもろを知った。そんなことはなんでもない、ほとんど何でもない。馴れるし、意志を以てすれば、しまいには笑いとばすこともできる」(本書91ページ)といった強烈な言葉に、貧乏時代の僕も激しく勇気づけられました。
道無き道を独力で切り開く精神。若かりし頃に出会ったポール・ゴーギャンという男への強い憧れは、今でも変わりません。

メイン3皿目 イエスのパンまたは古代米
心もお腹も満たす炭水化物!

人間の土地 サン=テグジュペリ  新潮社

人間の土地
サン=テグジュペリ  新潮社
著者サン=テグジュペリの筆力が優れていることはもちろん、フランス文学者、堀口大学の名訳とあの宮崎駿さんの表紙画を使った装丁があいまって、比類のない美しい本になった。僕はこの本を何人に贈ったかわからない。

書店ナビ『星の王子さま』で知られるサン=テグジュペリの本業は、飛行士でした。本書に綴られているのは彼の職業飛行家としての体験談であり、砂漠に不時着し奇跡的に生還した有名なエピソードも描かれています。

イマイサン=テグジュペリの作品は「行動主義文学」と言われていて、僕はこの本を読んで、”芸術は生きること、生き方そのもの”だと知りました。
僕もサン・テグジュペリやゴーギャンに倣い、「行動主義」をベースとする放浪画家になりました。動くこと、行動の中からこそ僕の作品が生まれると思っています。

腕を組むイマイさん

「サン=テグジュペリは、空から眺める家々の灯火が全て意味のある光なのだと語っています」

書店ナビ特にお好きな文章は?

イマイ冒頭に書いてある「努めなければならないのは、自分を完成することだ」。この文章を僕の生きる目的として口にするようになりました。
絵や芸術の分野に限らず、自分自身を完成させることが生きる目的。そのために自分が使っているツールが絵画だと、僕は解釈しています。

デザート=カナフェ(パレスチナのお菓子)
嘆きの中で希望をつなぐスイーツ!

ハイファに戻って/太陽の男たち ガッサーン・カナファーニー  河出書房新社

ハイファに戻って/太陽の男たち
ガッサーン・カナファーニー  河出書房新社
本物の芸術は「必要」から生まれる。この短編群が紡ぐ内容は悲劇だがそれは現実で、現実から生み出されたものは強い。カナファーニーにとって書かざるをえない使命感が強い原動力となった。それが文学のふるさとだ。

書店ナビ著者のカナファーニーは伝説のパレスチナ人作家。イスラエルによる祖国パレスチナの占領をさまざまな立場の主人公たちを通じて描き、その問題を世界に向けて投げかけました。非常に惜しいことに最期は自動車に仕掛けられた爆弾で爆殺。36歳の若さでした。
イマイさんが本書を手に取るきっかけは何だったんですか?

イマイ2008年にパレスチナを描こうと思い立ち、書店に下調べに行ったときに見つけました。
パレスチナ自治区にあるビリン村では毎週金曜に抗議デモがあり、そこに僕も参加して地元民や海外のジャーナリストたちと一緒にイスラエル兵が撃ってくる催涙弾やゴム弾から逃げまどいました。
現地では今もデモをしているでしょうし、カナファーニーの遺志も引き継がれている。
 
日本人にはなじみのないアラブ文学ですが、2017年に河出文庫になり、広く読まれるようになって本当に良かった。文中に漂う高貴な香りが、カナファーニーの創り出したものが紛れもない文学であることを証明しています。

左はイマイさんがパレスチナ訪問のときに持って行ったハードカバー。右が河出文庫。「

左はイマイさんがパレスチナ訪問のときに持って行ったハードカバー。右が河出文庫。「本は、心は、生き残る。良書は必ず語り継がれていくんですね」

ごちそうさまトーク 新境地、「生きるための道具」を描く

書店ナビ2019年5月17日から札幌市中央区の「がたんごとん」でスケッチ展が始まりました。

www.syoten-navi.com

イマイ僕が地元の仲間と一緒に作った本『廃材もらって小屋でもつくるか 電力は太陽と風から』を出してくれた寿郎社の文平由美さんが、がたんごとんの吉田さんとつなげてくれました。
「がたんごとん」のテーマである「生きるための道具と詩歌」に合わせて描き下ろした「生きるための道具」のスケッチを約60枚展示しています。

廃材もらって小屋でもつくるか 電力は太陽と風から イマイカツミ・川邉もへじ・家次敬介  寿郎

廃材もらって小屋でもつくるか 電力は太陽と風から
イマイカツミ・川邉もへじ・家次敬介  寿郎社
富良野在住の画家・大工・エコ設備会社社長の3人が廃材を利用して6畳・ロフト付き、太陽光パネル・風車を備えた小屋を建てるまでを絵と文章と写真で綴った〈面白DIY日記〉。
イマイカツミ スケッチ原画

6月23日(日)の11時、13時、15時から「イマイカツミ その場でスケッチーあなたの宝物描きます。」も開催(要予約)。詳細はがたんごとんのサイトへ。

イマイ「生きるための道具」を描かせてもらうのは今回が初めて。日常的に使っている道具ってありふれて絵にならないと思いがちですが、実際に描いてみると変わらずにあり続けてきたもの独得の存在感がにじみ出て、十分主役になりうることが嬉しい発見でした。
いつも風景画を描いていますが、こういうやったことのないテーマを描くのも画家として大切なこと。ライフワークになりそうな予感がします。

書店ナビスケッチ展、たくさんの方に見ていただきたいですね。
太く熱く人生を生ききった芸術家たちから「生きて、描く」バトンを受け取ったイマイさんの満腹フルコース、ごちそうさまでした!

生きるための道具とスケッチ イマイカツミ展

2019年5月17日(金)~6月23日(日)
12:00~18:00(日曜は17:00まで)

箒のアトリエとお店「がたんごとん」
札幌市中央区南1条西15丁目1-319 シャトールレェーヴ 605号

箒のアトリエとお店「がたんごとん」

gatan-goton-shop.com

イマイカツミ(今井克)さん

1975年大阪府生まれ、横浜育ち。成蹊大学文学部卒業後、入社した出版社を退めて画業に専念。2001年富良野市に移住し、農作業ヘルパーや美術教師などをしながら国内外の風景を描き続ける。著書に『大人が楽しむはじめての塗り絵 北海道の旅』(いかだ社)、『大地のうた富良野』、『北海道の駅舎』(いずれもイマイカツミ探訪画集シリーズ、寿郎社)など。

イマイさん「没年54歳のゴーギャンを除く4人が 30、40代で亡くなっており、 その人生は皆、激烈。 彼らの生き様に憧れ、勇気づけられます。」

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