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第326回 ミチクル編集工房 來嶋 路子さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.92 ミチクル編集工房 來嶋 路子さん

ご自分が編集担当をした”肉料理本”を紹介してくれた來嶋さん。岩見沢のご自宅にうかがった。

[本日のフルコース]
岩見沢在住・北海道の山を買った美術本編集者選
「日本美術の味わい方を知る」フルコース

[2017.5.29]

書店ナビ フリーランスの編集者、來嶋路子(くるしま・みちこ)さんは北海道・岩見沢市に在住。2011年に起きた東日本大震災を機にご主人の実家がある岩見沢にご家族で移住してきました。
以前は東京本社の美術出版社に在籍し、アート専門誌『美術手帖』の副編集長に就任。日本美術や絵本、イラストレーションのジャンルを得意とし、数数の専門書を手がけてこられました。
來嶋 震災当日は東京の自宅で育児休暇中で、生後5カ月の長男と一緒でした。その後会社に北海道での在宅勤務を認めてもらい、主人の実家がある岩見沢に引っ越してきました。
2015年からはフリーになり、「ミチクル編集工房」を立ち上げました。美術出版社との仕事やアート関係のご依頼をいただいているので、月に1度東京に行き、あとは自宅で編集・記事の執筆を続けています。
書店ナビ 北海道では数少ない美術本編集のプロフェッショナル、來嶋さんのフルコース、ぜひうかがいたいです。

[本日のフルコース]
岩見沢在住・北海道の山を買った美術本編集者選
「日本美術の味わい方を知る」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書


© Mercis bv

こどもと絵で話そう ミッフィーとほくさいさん
構成・菊地敦己/文・国井美果  美術出版社

子どもと一緒に絵を見たら、きっと奇想天外でユニークな発見に満ちているはず。知識よりも自分の感じたことをまず大切にすれば、絵を見ることはもっと楽しくなることがわかる本。

來嶋 冒頭から自分が担当した本ですみません(笑)。ミッフィーと一緒に芸術作品を楽しむシリーズで、『ミッフィーとフェルメールさん』『ミッフィーとマティスさん』に続く第三弾です。
書店ナビ 名画を見て素直な感想を語る子どものような視点があったり、お化けに驚いたかのような印象を受けるミッフィーの絵があったりとおもしろいですね。
來嶋 こどもにアートを見せる時ってどうしても教育的になりがちですが、ここでは「何を言ってもいいんだよ」ということを伝えたかった。
うちの子も、ミッフィーとおなじ表情をマネしたりして楽しんでいます。
書店ナビ ミチクル編集工房さんのサイトのトップ画像は、ミッフィーの著者であるディック・ブルーナさんの伝記『ディック・ブルーナ ミッフィーと歩いた60年』が掲載されています。
來嶋 ブルーナ氏のインタビューを続けてきた森本俊司さんが書かれた本で、編集を担当させていただきました。今年2月にブルーナさんがお亡くなりになり、『イラストノート』No.42でも追悼記事を編集しています。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ヘンな日本美術史
山口晃  祥伝社

画家・山口晃が、絵を描いてきたからこそ感じる日本美術のヘンテコさやおもしろさを語った一冊。いままで美術書を読んで退屈な気持ちになった人にこそ読んでほしい、こんな見方があったのかと”目からウロコ”の楽しい本。

書店ナビ ご自身は緻密な大和絵タッチで描く人物画や建築図で知られる山口晃さん。本書で第12回小林秀雄賞を受賞されています。
來嶋 私たちが教科書で見てきたような日本美術の傑作を読み解く山口さんの視点が、とにかくユニーク。「伝源頼朝像」の実物をはじめて見たときに思わず「でかすぎて間が抜けているぞ」と感じたり、いまでも人気の「鳥獣戯画」に対して「実は好きじゃなかった」と告白し、「いかにも上手でございます」と感じる作者の描きっぷりにツッコミをいれています(笑)。
もちろんそのあとにちゃんと、鳥獣戯画を現代のアニメの源流?ととらえるのではなく、その絵が描かれた時代を起点にして、「こっち向き」で鑑賞する視点の大切さも呼びかけています。
以前仕事の現場で拝見したことがありますが、山口さんが絵を鑑賞されるときの集中力はすごいんです。端で見ているこちらまで息をとめてしまうような緊張感がある。その山口さんの視点を通して私たちもまた、日本美術を身近に感じることができます。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

美術という見世物 油絵茶屋の時代
木下直之  平凡社

「美術」「絵画」「彫刻」という言葉は、明治以降の近代化によってもたらされたもの。それまで人々は、美術展ではなく見世物小屋に集まり、写真油絵、生人形、パノラマ館などを楽しんでいた。日本人が美術という枠組みを超えたところで、人間のつくったものを楽しんでいたことがわかると、これまでとは違う美術との接し方が見えてきそうだ。 

書店ナビ そういえば時代劇を見ているとよく見世物小屋の場面が出てきますよね。美術館や博物館は出てこない…。
來嶋 幕末明治期に、まるで生きているかのように精確に作られた「生人形」や見世物としての油絵を楽しんでいた庶民の〈見世物〉の世界が、近代化とともに徐々に高尚な〈美術〉の概念へと変貌していく過程を、丁寧に描いているのが本書です。
著者の木下直之先生は東京大学の教授で、日本美術史や見世物史、博物館学がご専門。本書でサントリー学芸賞を受賞されています。
書店ナビ 木下先生はほかにも『股間若衆』などインパクトのある美術書を出されていて、美術史研究界の”みうらじゅん”的な存在だと理解すればいいでしょうか。
來嶋 (笑)どちらかというと「ブラタモリ」のタモリさんのほうがイメージに近いかもしれません。

この魚料理本の取材中に小学1年生の長男と3歳の長女、ご主人がご帰宅。おかあさんと遊びたいところをあとちょっとだけガマンしてもらう。

居間の真ん中には大工のご主人がつくったちゃぶ台が。家族を乗せた折り紙の汽車が元気に壁を走っていた。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

日本美術史 美術出版ライブラリー 歴史編  
監修・山下裕二、髙岸輝  美術出版社

日本美術史をしっかり理解したいという人にオススメの本。トピックスはすべて見開きになっていて、別のコンテンツとの関連がひと目でわかる構成。現在、論争中の問題や新発見なども盛り込んだ日本美術史の決定版。日本美術史の魅力を独自の切り口で伝える山下裕二氏と髙岸輝氏が監修しているところも見どころ。

來嶋 私の編集キャリア史上、死ぬかと思うくらい大変だった体験でこれをしのぐものはありません(笑)。日本美術史というと特別な関心や知識がある人だけが楽しむ世界というイメージがありますが、そうではないものを作りたかった。
山下先生・髙岸先生という、オーソドックスな視点にも新しい切り口にもやわらかく対応してくださるお二人がいてくださったからこそ完成した本です。
書店ナビ 情報が見開きに簡潔にまとめられているところも読みやすいですし、図版がいっぱい載っていて見飽きません。
しかも全360ページという分厚さでオドロキの税込3024円! 美術本としては破格のお値段ですね!
來嶋 実際につくってみると、いままでどうして誰もやってこなかったのかがよくわかりました(笑)。価格をおさえるには、たずさわる人出を増やさないこと。不眠不休の作業が続きましたが、編集者として大変いい経験をさせてもらいました。
書店ナビ 來嶋さんの代表作ですね。このフルコースをご覧のみなさん、歴史好きのお父さんへの「父の日」プレゼントはこの一冊で決まりです!

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

浮世絵に見る 江戸の食卓
林綾野  美術出版社

浮世絵には、多数の食のシーンが描かれている。それを一つ一つ探し出して、江戸っ子がどんな食を楽しんでいたかを紐解く本。実際にレシピも載っていて、絵師もきっと舌鼓を打ったはずと、いろいろなイメージがわき、浮世絵が身近に感じられる。

來嶋 キュレーターの林さんは「画家が何を食べたか」に着目し、そこを作品鑑賞の入口とする見方を提案している方です。フェルメールやロートレック、ゴッホに関する本なども多数出版されています。

「葛飾北斎は脳卒中になったとき、自分で調べて『そつちうのくすり』と題した土鍋料理を食したそうです」

書店ナビ 食を切り口にすると、偉大な古今東西の美術家たちが急にいきいきとした存在に感じられますね。
來嶋さんが担当された本はどれも面白そう!「誰が読んでもいいんだよ」という間口の広さを感じます。

ごちそうさまトーク ミチクルブックス第一弾は『山を買う』

書店ナビ 美術書編集や記事執筆以外にも、來嶋さんの活動は多岐に渡ります。岩見沢市地域おこし推進員と協力して同市の東部丘陵地域を紹介する「みる・とーぶmap」を作り、2017年4月にはそこに暮らす工芸作家やアーティストの作品を展示販売する「みる・とーぶ」展を札幌で企画。好評を博しました。
さらにマイ・レーベル「ミチクルブックス」を立ち上げ、その第一弾のタイトルが『山を買う』。山、買われたんですか?
來嶋 買っちゃいました。使い方の具体的なビジョンがあったわけではありませんが、山菜がとれたり、色んな山遊びの方法があることに気づきました。今年の夏には、この山からそれほど遠くない地区の古家を改装して引っ越しも予定しています。
山の近くで暮らして、これからも「山活(やまかつ)」を楽しみたいですね。

手書き文字もイラストも來嶋さんご本人作。「いまも月イチくらいで東京からアーティストやデザイナーが遊びにきてくれるので、今度は山の家でのんびり過ごしてほしいです」

現在は月に約1週間東京で過ごし、打ち合わせなどを集中して行っている。

書店ナビ 東京から北海道に移住して「変わったな」と思うことはなんでしょう。
來嶋 東京にいたときは「お金がないと生きていけないし、そのためには死ぬほど働かなきゃいけない」とごく自然に思っていたんですが、こっちに来てから「…あれ?そうでもないぞ」と思うことばかり。
地域の住人同士がゆるやかにつながり、助け合い、豊かに生きていくありようを知ると、いろんなことから解放された気になりました。
今後は北海道での暮らしを本のタネにして、「ミチクルブックス」のラインナップを増やしていきたいと思っています。。
書店ナビ 本の完成、楽しみにしています。アート鑑賞はムズカシイ?という思い込みから解放してくれる美術本フルコース、ごちそうさまでした!

●ミチクル編集工房
●來嶋路子(くるしま・みちこ)さん
東京都出身。東京造形大学で絵画を専攻。1994年から美術出版社で働き始め、新装刊『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長を経験。2011年から北海道・岩見沢市に移住。マガジンハウスのWEB『コロカル』に「うちへおいでよ!みんなでつくるエコビレッジ」を好評連載中。

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