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第322回 有限会社寿郎社 下郷 沙季さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.88 有限会社寿郎社 下郷 沙季さん

2014年1月に若者の労働組合「札幌学生ユニオン」を立ち上げた下郷さん。現在は執行委員として組織を支えている。

[本日のフルコース]
労働組合を作った26歳の学生編集者に聞く
「ブラックな職場に悩む同世代におすすめしたい本」フルコース

[2017.5.1]

書店ナビ 愛知県出身、北大の大学院教育学院に籍を置く下郷さんが、近現代史や社会問題を多く取り扱っている出版社、寿郎社さんで編集者修行をするようになったいきさつから教えてください。
下郷 寿郎社から『大間原発と日本の未来』を出されている野村保子さんと奨学金問題に関するイベントで知り合いまして、当時1人で寿郎社を切り盛りしていた土肥さんに履歴書を送るようすすめられました。

いまも忘れられない高校時代のことです。提出するプリントの上下を逆さまに置いたら先生にめちゃくちゃしかられて、そのあとクラス全員が立って授業を受けたんです。

書店ナビ ひどい!「プリント、逆だぞ」と先生が一言いえば済むのに!
下郷 ですよね(笑)。このときだけじゃなくて学校でつねに言われ続けてきたことばが「連帯責任」と「自己責任」。
“おまえたちがそんな態度をとるから悪い”という考えがすりこまれそうになっていたんですが、進学して北大生になってみたらそんな勝手な「自己責任論」に気持ち悪さを感じている人たちもいることを知りました。
今回のフルコースは、かつての私のように職場で「これってブラックなんじゃないの?」とか「本当に自分だけが悪いのか?」と悩んでいる同世代の皆さんに手に取ってほしい5冊を選んでいます。

[本日のフルコース]
労働組合を作った26歳の学生編集者に聞く
「ブラックな職場に悩む同世代におすすめしたい本」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

貧乏人の逆襲!
松本哉 筑摩書房

思いついたらなんでもやってみる著者に唖然としつつ、そのうち「どんなふうにも生きられる」となぜだか自信が湧いてきます。深刻な状況だからこそ笑いながら読んでほしい、バカバカしくも本質的な一冊。

書店ナビ リサイクルショップ「素人の乱」を経営する著者の松本さんは1974年の東京生まれ。「法政の貧乏くささを守る会」や「全日本貧乏学生総連合」(全貧連)などを立ち上げ、破天荒な社会活動が話題を集めています。
下郷 デモや抗議活動というと殺伐としたイメージがあると思いますが、松本さんのやり方は、「俺のチャリを返せ」デモや「こたつ闘争」「路上鍋」、話し合いに応じてくれない教務課の前で匂いが強烈なくさやを炊いたりとか、自由度がズバ抜けています。
「ウソでしょ?」と思いながらも「そっか、考えてみたらそういうことか」と根本的な問題が見えてくる。世の中の「当たり前」に縛られて凝り固まってしまった頭をほぐしてくれる内容です。

「あとがきにも”この本は大事にとっておかないでどんどん人に貸せ”とありますが、私もこの本を人に貸しまくっている友達からときどき借りています」

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ワークルール検定 初級テキスト
道幸哲也ほか  旬報社

北海道から始まり現在は全国各地で毎年開催されている検定の公式テキスト。「初級」でも実はほとんどの人が解けない問題ばかり。解説にやや物足りなさも感じますが、読者が気楽に取り組もうと思える文量としてはちょうどいいのかも。

下郷 学生のための労働組合を立ち上げようと思ったのは、私自身のブラックバイト体験があったからです。
大学3年のときに飲食店で週3のアルバイトをして、結構まじめにやっていたので企業側も「下郷さんはホントによくやってくれている」と認めてくれていたと思うんですが、あるとき「有給休暇を取りたい」と申し出たら、そこからが闘争の始まりに(笑)。
手のひら返しでクビになり、労働基準監督署に訴えでて、その後パートのおばちゃんたちや本社のえらい人たちを巻き込んでの話し合いが続きました。
こちらに非がないので最後は「やばい、このままいくと(話し合いに勝って)ここで働き続けることになってしまう」と思い辞めましたが、バイトも有給がとれるなどの基本的なワークルールを現場の店長が知らないがゆえに起こるトラブルを、実体験として学びました。
書店ナビ 労働者だけでなく、若くして責任者になった人たちにもぜひ読んでほしいですね。
問題 では、ここで本書から問題です。
Q66.労働時間にあたるものをすべて選びなさい。(正答率60%)
  1 タクシーの客待ち時間
  2 昼食休憩中の電話当番の時間
  3 ガードマンの仮眠時間
  4 朝礼の時間

正解は、本ページの最後で下郷さんが教えてくれます!

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす
濱口桂一郎  中央公論新社

労働という視点から日本社会の構造をどう捉えることができるか、やさしい語り口で教えてくれる一冊。本来であれば「入社前」に読んでおきたい本ではあるのですが…。

書店ナビ 著者は厚生労働省の現役官僚。労働法政策の専門家です。
下郷 よく、日本の働き方と海外の働き方を比較して「日本は遅れている」と主張する人がいますが、本書を読むと「遅れている」「進んでいる」という尺度ではなく、日本型雇用システムがどういうものであるかを根本から理解することができます。
「あの国で成功しているから」といって新しい働き方を日本に”輸入”しても、私たちにミスマッチであればむしろ問題が増えるだけかもしれない。
働き方の悩みはとかく個人の問題に置き換えられがちですが、そこに潜む構造的な問題に気がつけば前に進む糸口が掴めるかもしれません。

この日外出中だった寿郎社の土肥寿郎代表にも2016年2月、「われわれの頭からすっぽり抜け落ちている《近現代史》を知るための本フルコース」をつくっていただいた。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

労働組合の結成・運営(第2版)【シリーズ 働く人を守る】
君和田伸仁 中央経済社

半分冗談ですが、職場で労働運動を展開するという選択肢も紹介しておきたいと思います。組合とはなにかという基本から法的な手続きや裏技のようなテクニカルなことまで教えてくれる専門書。教養本としてもおすすめです。

下郷 私は「札幌学生ユニオン」をつくりましたが、皆さんもつくりましょう!と煽動するつもりはないんです(笑)。まわりの友人知人から相談を受けたとしても、それだけが答えじゃない。
ただ、自分たちでも組合をつくれると知っていてつくらない選択肢を選んでいることと、つくれること自体を知らないことは別物。
労働市場に出ると雇う側と雇われる側が本来は「対等」であるはずが、そうではないことを肌身で実感します。
書店ナビ ネットを賢く使いこなすためにも、本書のような専門書を一度読んでおくと間違った情報に左右されなくなりますね。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

ポトスライムの舟
津村記久子 講談社 

芥川賞を受賞した表題作も好きですが、後半に収録されている「十二月の窓辺」を推します。この作品は、新卒で入った会社でパワハラを受けて辞職した著者が、当時の経験をもとに書いたもの。内容はもちろん、著者がこれを書ききった事実にも希望を感じます。

下郷 津村記久子さんの本は全部読んでいて、楽しいことばかりを描いたお仕事小説よりも「働くってなんだろう?」ということに正面から向き合う姿勢に共感します。
本書の主人公のようにつらい思いをしている人はきっと現実社会にもたくさんいて、「あなたもつらいだろうけど私もつらい」とか「どこも同じ」という考えもあると思いますが、それでもいまの環境を離れて「別のつらさ」を選ぶ権利を私たちは持っている。このことに気づいた瞬間に、立ち止まった足を一歩前に出せるんじゃないかなと思いたいです。

ごちそうさまトーク 2017年6月、初の企画本を出版

書店ナビ 下郷さんが寿郎社で働き始めて約2年になりますが、一般に過酷だといわれる出版業界の働き心地はどうですか?
下郷 代表の土肥さんが私の活動にも理解を示してくださるので、とても快適です(笑)。小さな出版社ですから営業・編集・組版など本づくりに関わるすべてを体験できるのも面白い。2017年6月には私が初めて企画から考えた『アカデミック・ハラスメントの解決 大学の常識を問い直す』という本を出す予定です。
書店ナビ 労働問題に強い下郷さんはきっとお友達の相談にのることも多いんじゃないですか?
下郷 私自身はまだ大学院生で、たまにあります。私自身が、大学に4年通って在学中に就活して就職するという一般的なコースから逸脱しているので、私に仕事のつらさを話しても「常識」を根拠になじられたりしないという安心感があるのかもしれません。「自分でその会社を選んだんだから自己責任だよ」なんてもちろん言いませんしね(笑)。
書店ナビ 同世代へのエールをこめたフルコース、ごちそうさまでした!

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http://www.jurousha.com/

●下郷沙季希さん 
愛知県半田市出身。北大大学院教育学院修士2年(現在は休学中)。2015年夏から寿郎社で出版ノウハウを習得中。「札幌学生ユニオン」執行委員。

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