おすすめ本を料理のフルコースに見立てて選ぶ「本のフルコース」。
選者のお好きなテーマで「前菜/スープ/魚料理/肉料理/デザート」の5冊をご紹介!

第295回 札幌新陽高校 校長 荒井 優さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が 腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。 おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。 好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

vol.67 札幌新陽高校 校長 荒井 優さん

2016年2月に着任。学校のサイトには在校生が撮影したPR動画を掲載し、オープンスクールも積極的に開催している。

[本日のフルコース]
札幌新陽高校の荒井校長が選んだ 「本気で読書したくなる本」フルコース

[2016.10.17]

書店ナビ 札幌市南区にある札幌新陽高校からいま、新しい風が吹いています。2016年2月に着任した新校長の荒井優(あらい・ゆたか)先生が掲げる変革、「本気で挑戦する人の母校」となるべく、生徒も教師も皆が自分の中の「本気」を見つめ直し、力強い一歩を踏み出しています。 今回のフルコースは、その変革を先頭に立ってけん引する荒井先生にお願いしました。 札幌出身、リクルートを経てソフトバンクに転職後は8年間に渡り社長室に勤務していたという華やかなキャリアが話題の荒井先生。 2011年7月からは公益財団法人東日本大震災復興支援財団の専務理事として、東北の復興支援を身をもって体験されました。
荒井 民間時代はまさか自分が教育に関わるとは想像すらしていませんでしたが、東北の復興支援で「地域が元気になっていくには高校生の力が欠かせない」ということを学びました。 福島県立ふたば未来学園高等学校の設立にも関わるなど、いろいろなご縁が積み重なって、2016年の春から本校で頑張ることとなりました。 読書は日常に欠かせない習慣です。着任して1年目ですのでやることが山積みですが、徐々に校内の読書環境も整備していきたいと考えています。
[本日のフルコース]
札幌新陽高校の荒井校長が選んだ 「本気で読書したくなる本」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

ぐりとぐら 文・中川李枝子/絵・大村百合子  福音館書店 幼いころに大好きだった絵本のひとつ。ぐりとぐらが大きな卵でつくった特大ホットケーキの味が記憶に残っている気がする。

書店ナビ 荒井先生は2014年から公益財団法人東京子ども図書館の評議員も務めておられ、次代に伝えたい本をたくさんご存知です。
荒井 このあとの《スープ本》の解説でも触れますが、東京子ども図書館評議員の関係で、名誉理事長である児童文学研究者の松岡享子さんと出会えたことは僕にとって非常に大切なご縁となりました。 松岡さんの本や児童文学の解説書を読むと、後世に残るほとんどのおはなしが「ゆきてかえりし物語」だと言われています。 この「ぐりとぐら」も、いつも森の中や遠足、海水浴などどこかに出かけて、最後はわが家に帰ってくる。おはなしの基本をおさえた大好きな絵本なので、まずは《前菜本》にしました。

祖父は学校法人札幌慈恵学園札幌新陽高校の創立者。父から要請を受け、「東北で関わった方々にも後押ししていただいて」現職に着くことを決意した。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

子どもと本 松岡享子  岩波書店 子ども向けの本を翻訳したり書かれてきた松岡さんが一番伝えたいことが詰まっている本。特に第三章の「昔話の持っている魔法の力」を読むと、昔話にこそ凝縮されている次代に語り継ぎたいエッセンスがわかります。

荒井 かつて文字がない時代に民族が経験した大切なことは、口頭伝承という形で次の世代に渡されてきました。 やがて文字ができ、本と同時に文学が生まれて、いま我々は学校で読書の面白さと大切さを子どもたちに伝えていく務めがある。 このことを教育現場に、あるいは子育てに関わるところにいる大人たちは、しっかりと再確認する必要があると思います。 子どもたちにはいい本に触れてほしい。そして、いい本はいつの時代も色あせず、文字からいろいろなことを感じとる喜びを与えてくれます。 …ということを、松岡さんが教えてくれる1冊です(笑)。
書店ナビ 買いやすい新書なので保護者の方々にもおすすめですね。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

アイヌ神謡集 知里幸恵  岩波書店 アイヌ民族が口頭伝承で伝えてきた叙事詩ユーカラを、19歳で亡くなった天才少女、知里幸恵が命をかけて記した本。まさに次代へ伝えたいという魂が込められている。

書店ナビ 知里幸恵(ちり・ゆきえ)さんの略歴をご紹介しますと、1903(明治36)年に北海道登別市でアイヌの両親の間に生まれた知里幸恵は、本書ではじめてアイヌの物語を文字化したアイヌの女性として知られています。 生来心臓が弱く、本書の校正を終えた直後に19歳で短い生涯を閉じましたが、彼女の足跡を称えた「知里幸恵銀のしずく記念館」が登別市に建てられました。
荒井 彼女の語学研究者としての才能を見抜いたのは、アイヌ語・アイヌ文学を研究していた言語学者の金田一京助氏で、彼の支援を受けて知里幸恵は本書の執筆に取りかかりました。 実は祖父の生前、まだ僕の父が子どもだったころ、うちに若き日の金田一氏が滞在をしていたこともあり、個人的にも思い入れがある本です。    シロカニペ ランラン ピシカン   コンカニペ ランラン ピシカン  銀の滴(しずく)降(ふ)る降(ふ)るまわりに、  金の滴(しずく)降(ふ)る降(ふ)るまわりに フクロウの神が自ら歌った謡です。

ご本人のfacebookアカウントでも「優読書」のハッシュタグで読書感想を掲載している。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上) 塩野七生  新潮社 『ローマ人の物語』全15巻の中で、著者の塩野七生が最も愛してやまないカエサル。カエサルの息遣いが聞こえてくるような本書は、どんな小説よりも面白い!

書店ナビ 多くの読者を魅了してやまない『ローマ人の物語』。1巻で早くもつまずいてしまった身としてはあらためて魅力を教えていただきたいです。
荒井 わかります、僕も1巻はちょっと読み進めるのが大変でした。でも2巻のポエニ戦争あたりから、徐々に戦記物としての面白さが増してくるので大丈夫。有名なハンニバルも登場して、"信長の野望"的にぐいぐい引き込まれていきます。
書店ナビ 人によって好きな巻が異なりますが、荒井先生はなぜ「ルビコン」以後を?
荒井 一番の理由はやはりカエサルの人物像にあり、塩野さんがここまでカエサルのことを深く豊かに書き込めたのは、カエサルと政敵でもあったキケロが彼について多くの文章を残したからだと本人が語っています。 キケロが書いた文章に触発されて、現代の作家である塩野さんが本書を残し、それがロングセラーとなって我々の心をつかんで離さない。 まさに"書き残したことで魂は時代を超える"理想例だと思います。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

橋をかける 美智子  文藝春秋 美智子皇后陛下が、戦時中の少女時代に本に支えられたことを語った内容。「読書は私に、悲しみや喜びにつき、思い巡らす機会を与えてくれました」。

荒井 ちょっと長くなりますが、僕がこの本を読んでから心のよりどころとしている部分をご紹介しますね。 「生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、人とも、物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きています。この橋がかからなかったり、かけても橋としての機能を果たさなかったり、時として橋を架ける意思を失った時、人は孤立し、平和を失います。この橋は外に向かうだけでなく、内にも向かい、自分と自分自身との間にも絶えずかけ続けられ、本当の自分を発見し、自己の確立を促していくように思います。」 美智子皇后のことばのとおり、良い本と出会うことが豊かな人生を送ることにつながると信じています。

校長室にある愛読書コーナー。『マローンおばさん』は介護福祉士の資格を取った学生に自ら読み聞かせをしたことも。

ごちそうさまトーク あなたはそれをどうしたいのか?

書店ナビ リクルート、ソフトバンクといった大企業勤務や東日本大震災の復興支援など、さまざまな経験を経て現職に着任されました。
荒井 振り返ると、ほとんどの経験がいまに活かされていると思います。孫社長のもとで働いていたとき、何をご提案してもつねに問われたのはこちらの「本気」でした。「あなたはそれをどうしたいのか?」。本校の学生に、教師の皆に問い続けていきたいです。 それともうひとつは、お金を使ってもその人は元気にならないということ。短期的には元気になるかもしれませんが、芯のところで自分自身が本気になって挑戦する意欲を育むことが、本当の支援、本当の教育になると感じています。 いまは率直に申し上げて、とても楽しいです。変わりつつある生徒の姿から元気をもらっています。
書店ナビ 「本気」になった札幌新陽高校のこれからが楽しみなフルコース、ごちそうさまでした!
荒井優(あらい・ゆたか)さん 1975年札幌市生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、(株)リクルートに入社。2008年から(株)ソフトバンクに転職し、孫正義氏を支える社長室に8年間配属。グループ会社の取締役を歴任し、2011年7月から公益財団法人東日本大震災復興支援財団の専務理事として東北支援の最前線で活躍。2016年2月から学校法人札幌慈恵学園札幌新陽高校の校長に着任。生徒だけでなく保護者や地域の方々も対象にした「本気・夢ゼミ」を開くなど「本気」をキーワードにした新体制を構築中。趣味は読書、硬式テニス、山登り。 ●札幌新陽高校 http://sapporoshinyo-h.ed.jp/
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